安藤はるかさん/ピアノ/エコールノルマル音楽院ラムジヤッサ教授・アンドビジョン特別プログラム/フランス・パリ
音楽留学体験者でなくては分からないような、音楽大学、音楽専門学校、音楽教室のコースプログラム、夏期講習会、現地の生活情報などを伺ってみます。将来の自分の参考として活用してください。

安藤はるかさんプロフィール
4才よりピアノを始める。上野学園大学音楽学部音楽学科卒業。エコールノルマル音楽院ラムジヤッサ教授のレッスンを受講(アンドビジョン特別プログラム)。
- はじめに、これまでの略歴を教えてください。
安藤 上野学園高等学校音楽科ピアノ専門を卒業し、上野学園大学の音楽学科に進学し、フランシス・プーランクという作曲家を研究していました。
- 今まではピアノの演奏と音楽の研究を主にされていたんですね。
安藤 はい、そうです。
- 卒業後はどのようにされていたんですか?
安藤 外為の事務をしているんですが、社会人になって2年目くらいから、またピアノが弾きたくなって再開しました。ピアノ教育連盟のオーディションや、日本クラシック音楽コンクールの本選に参加しました。
- すごいですね。それで、今回、留学に参加したきっかけは?
安藤 ウィーンに留学した友達が帰ってきて、話を聞いて影響を受けたのが直接のきっかけです。
- パリのヤッサ先生を選ばれたのはどうしてですか?
安藤 プーランクが過ごしたパリに行ってみたかったというのと、今ついている先生からヤッサ先生はとても素晴らしく、優しく、よく見てくださる先生だという話を伺って、それで選びました。
- 先生がヤッサ先生とお知り合いなんですか?
安藤 いえ。先生のお友達がついていたそうなんです。
- 実際のレッスンはいかがでしたか?
安藤 とても温かく、優しく、表現豊かで、熱心に指導してくださるので、とても素敵なレッスンでした。
- どういう教え方なんですか?
安藤 ご自分で弾かれて解説をしてくださいました。あとは、音や技術を物に喩えてくださるのですが、その喩えがすごく上手でわかりやすかったです。
- 例えばどういった喩えがありましたか?
安藤 和音の変化するところで、「チョコレートの箱から魚が出てきた」とか、日本人はしないような表現なんですが、豊かな表現でとても分かりやすかったです。あとは、和音の1つの音を出したほうがいいというときに、机に物が均等に置かれていたら使いにくいでしょう、という風に教えてくださいました。
- 曲はどのような曲を練習されたんですか?
安藤 ショパンのバラード第1番、ドビュッシーの版画から「塔」、ブラームスの「4つの小品」、ヒナステラのアルゼンチン舞曲、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番などです。

- これらの曲のなかで印象的な教え方はありましたか?
安藤 やはり、ドビュッシーは音の色をつけて演奏するのが印象的でした。ブラームスでは美しいハーモニーの感じ方。それから、先生がショパンやベートーヴェンを全楽章弾いて解説してくださったんですが、とても感動しました。
- 贅沢ですね。
安藤 はい(笑)。
- 先生が実際に弾いてくださって、手の使い方といった技術的なことと音楽的なことの両方を教えてくださるという感じですか?
安藤 そうですね。例えば、カギを開けるときは肘をまわす、だからピアノも肘を使って、腕全体で弾きなさい、といったことを実際に先生が弾きながら見せてくれました。
- 3回のレッスンはどのように進められましたか?
安藤 最初のレッスンではドビュッシーとバラードを教えていただきました。まず先生がバラードを全部弾きながら、ポイントを注意してくださって、次のレッスンまでにバラードを直してくるように言われました。2回目のレッスンは、バラードとブラームスを見てくれました。バラードは少し改善したので、ブラームスを直しくださって、同じように3回目のレッスンまでにブラームスを直してくるように言われました。最後の3回目のレッスンは、ブラームスの直し、ヒナステラの3曲、ベートーヴェンと盛りだくさんでした。
- そうすると60分のレッスン時間は短く感じそうですね。
安藤 そうですね。でも、少し長くやってくださいました(笑)。
- そうだったんですか。どのくらい長くやってくださったんですか?
安藤 1時間くらい延びて、トータル2時間くらいになっていたかと思います。
- 安藤さんは最初と最後のレッスンのときは通訳をつけられて、2回目は通訳なしでしたよね。レッスンは何語で受講されたんですか?
安藤 1回目と3回目はフランス語で、2回目は英語で教えていただきました。
- 英語でのレッスンはいかがでしたか?
安藤 やはり通訳なしで直接話しかけてくれるので、2回目のほうが1回目よりも親近感がありました。通訳さんがいると、通訳さんのほうを見て話してしまったり、聞いてしまったりするので、どうコミュニケーションをとっていいのか迷ってしまうこともありました。
- 通訳の方はどんな方でしたか?
安藤 とても気さくで親切で明るく話しやすい方でした。
- レッスン中の通訳も分かりやすかったですか?
安藤 はい。上手でした。
- もし、今度レッスンを受けるとしたら、通訳はありにしますか、なしにしますか?
安藤 そうですね。やはり聞き取れないところもあってニュアンスなどわかりにくい部分もあるので、通訳はあったほうがいいかなと感じました。
- 事前に語学の勉強はされていかれたんですか?
安藤 大学時代に4年間、フランス語の講読などを勉強してはいたのですが、会話は全くだったので、少しCDを聞いて、初歩的なこと、たとえば道の聞き方や数字などは覚えていきました。
- 向こうで役に立ちましたか?
安藤 実際に道を聞くときには役に立ったのですが、それだけではホームステイ先で他の学生さんたちと会話をするのは難しかったです。

- ホームステイ先にはいろんな国の方がいらしたんですか?
安藤 はい。アメリカとベネズエラの方がいました。
- その方たちとは、英語でコミュニケーションを?
安藤 はい。最初は無理をしてフランス語で会話をしていたんですが、最後は英語になっていました(笑)。
- 海外の方とうまく付き合うコツはありますか?
安藤 そうですね、やはり語学をきちんと勉強しておくことですね。あと、笑顔を絶やさないことは大事だと思います。
- ホームステイ先はどのような感じのところでしたか?
安藤 とてもきれいで広いお部屋でした。窓が大きかったり、壁紙が白地に葉っぱの模様だったりと、やはり日本よりおしゃれでした。
- お部屋の大きさはどのくらいだったんですか?
安藤 とても広かったです。12畳くらいありました。部屋には、ベッド、机、テレビ、引き出しの家具、物が置けるラックがありました。ハンガーも用意されていました。他に、流しとお手洗いとお風呂が部屋についていたので、とても快適でした。洗面所もお風呂もいつでも自由に使えて、帰宅時間も自由だったので、遅くまで学校にいることもありました。
- 帰宅時間が遅くなったりして、危険なことはありませんでしたか?
安藤 思ったよりも観光客がいっぱいで、自分と同じように地図をもっている人がたくさんいたので、あまり危険を感じることはありませんでした。
- 宿泊先とレッスン会場は何で移動されていたのですか?
安藤 メトロで移動していました。
- 乗り換えなどで困ることはありませんでしたか?
安藤 分かりやすかったので、大丈夫でした。メトロを降りてから歩くことのほうが大変だったかもしれません。

- 練習室の会場はどんな場所でしたか?
安藤 大学の構内ですが、入り口で「ここはどこですか?」と聞いても、誰も分からないくらい分かりにくい場所にありました。結局、地図に“studio”という文字を見つけてたどりついたのですが、大学の地下にあるので、少し暗めの感じの場所でした。練習室も地下なので少し暗いところでした。
- ピアノの状態はいかがでしたか?
安藤 ヤマハのアッププライト・ピアノで、状態はわりと良かったと思います。
- 練習はどのくらいできましたか?

安藤 16時間です。受付のお兄さんがよく話しかけてくださり、優しかったので、レッスンに合わせて練習時間の変更もしてもらいました。
- 練習以外の時間は何をされていましたか?
安藤 ずっとパリを歩き回っていました(笑)。
- どこかオススメの場所はありますか?
安藤 ノートルダム大聖堂、サント・シャペルのステンドグラスが美しかったです。
- 外食はされましたか?
安藤 ホームステイ先の目の前のチャイナレストランで、2回くらい食事をしました。
- お値段はどのくらいですか?
安藤 だいたい10ユーロくらいでした。
- 味はいかがでしたか?
安藤 チャイナレストランは美味しかったのですが、町で入ったカフェではキッシュの味が濃いところもありました。スーパーで買ったものは、とても安くて口に合いましたね。
- 外食以外のお食事はどうされていたんですか?
安藤 日本からレトルトの食品を持って行きました。山用品屋で買った水を入れて1時間待つとお赤飯ができるものなどを持って行きました。ご飯が欲しくなるので、そういうものを準備していったんです。
- お水はあちらで購入されたんですか?
安藤 日本からも持って行ったのですが、向こうにもたくさん売っていました。
- 他にも何か用意していったんですか?

安藤 少しでも時間があれば観光したかったので、ソイジョイやカロリーメイトのようなものを持って行って、時間がないときはそれをお昼ご飯にしていたのですが、とても便利でした。
- 短期留学に参加して良かったと思う瞬間はありましたか?
安藤 先ほどお話しした「チョコレートの箱から魚」といった先生の指導ですね(笑)。あとは演奏で、ベートーヴェンの晩年のつらい心境を表現しくださったのに
はとても感動しました。
- 今回、留学してみて、変わったなとか成長したなと思えることはありますか?
安藤 技術的なこともそうですが、考え方が少し変わったと思います。物事を柔軟に考えられるようになりました。やはり、違う世界を見たのがいい刺激になりました。
- 例えば、どういう部分ですか?
安藤 以前は、本番ですぐ緊張してしまったり、ちょっとしたことでくじけてしまっていたんです。でも、留学をして、向こうではもっと大きく音楽を捉えているように思いました。
- 音楽観、もっと大きく言えば、人生観みたいなものが変わったんですね。
安藤 そうですね。楽しまなきゃ損だなと思うようになりました。日本でも厳しい先生に教えていただいたこともあったのですが、暴言ばかりで……。今回の先生(ラムジ・ヤッサ先生)に出会って、優しくて実力もある、こんな先生もいるんだな、と思いました。
- そんな先生のレッスンを受けられて良かったですね。
安藤 はい。本当に。
- 音は変わりましたか?
安藤 はい、変わりましたね。特にブラームスは変わったと思います。
- 音楽のとらえ方は全然違うこともあったりしましたか?
安藤 今までと同じことを言われているところもあるんですが、さらにわかりやすいというか、1回で伝わってくる部分が多かったです。実際に弾いてくださるので、すごくわかりやすかったです。
- 日本と留学先で大きく違う点はありましたか?
安藤 日本だと新しいものばかり大事にされていますが、パリでは新しいものも古いものも同じように大事にされていると感じました。それから、家にもカフェにもチャイナレストランにも絵が飾ってあったり、すごく色やセンスを大事にしていると思いました。そこの場に行かないとそこで生まれた音楽は理解できないんだなと感じました。日本で研究していたプーランクの音楽も、実際にパリを訪れてみて、理解できたように思います。
- 留学前にしっかりやっておいたほうがいいことはありますか?
安藤 細かい地図を入手して、どこの通りを歩くかまでチェックして、毎日のプランをしっかりと立てておいたのですが、それはしておいてよかったなと思いました。
- フランス語、英語は問題ありませんでしたか?
安藤 そうですね。通じました。行く前は、フランスはフランス語で話しかけられるので、日本人が一度行ったら行きたくなくなる国No1と聞いていたのですが、道に迷っていたら、日本語で話しかけてくれたり、親切にしてくださる方もいました。レストランのおばちゃんも日本語で話しかけてくれました。

- ホームステイ先の大家さんと交流する機会はありましたか?
安藤 朝ご飯を食べるときに顔を合わせて、その度に話しかけてくれました。最初に家に入ったときに、優しく鍵の掛け方を教えてくださり、拙いフランス語を褒めてくださったり、オレンジカードをなくしたときやレッスン、観光のことなど、いろいろお話を聞いてくださり、本当にとても優しい方でした。
- 今後、留学する人にアドバイスをお願いします。
安藤 1週間でも留学できるというプランがあるということが、私にはとても良かったです。社会人になって自分の時間が減っても夢を叶えられる、ということを迷っている方たちに伝えたいです。すべてにおいてそうですが、年齢は関係ありません。留学してみて、行きたいと思ったとき実行するべきだと実感しました。
- 1週間でレッスン3回というプランはいかがでしたか?
安藤 やっぱり短いとは感じました。もう少し長くいれば、もっと変われたかなとは思います。でも、今の会社では1週間しか連続してお休みを取ることができないので、今の環境で精一杯できる限りのことをしたので満足感はあります。夢の留学をして本当に良かったと思っています。
- 今は仕事をしながら時間を見つけて練習しているんですよね。
安藤 そうですね。
- どのくらい練習されているんですか?
安藤 週末は1日中できるんですが、平日は2時間くらいですね。
- 今後のご予定を教えてください。
安藤 10月と3月にクラリネット、フルートとのアンサンブル、連弾などによるコンサートをします。あとは、8月にはクルーズ船での演奏、11月には母校の学園祭に出演します。
- 演奏活動を頻繁になされているんですね。今日は本当にありがとうございました。
音楽留学アンドビジョン【フランス留学情報 vol.333. 2014-12-09 04:00:00】
渡辺ゆかりさん/ジャズフルート/マンハッタン音楽院/アメリカ・ニューヨーク
音楽留学アンドビジョン【アメリカ留学情報vol.332. 2014-12-02 04:00:00】
太田優子さん/声楽/ナポリ国際音楽マスタークラス/イタリア・ナポリ
音楽留学体験者でなくては分からないような、音楽大学、音楽専門学校、音楽教室のコースプログラム、夏期講習会、現地の生活情報などを伺ってみます。将来の自分の参考として活用してください。

太田優子さんプロフィール
高校2年より声楽を始める。2008年3月武蔵野音楽大学の声楽科を卒業。ナポリ国際音楽マスタークラスに参加。
— はじめに簡単な略歴を教えてください。
太田 今年の3月に武蔵野音楽大学の声楽科を卒業しました。歌を始めたのは、周りの方よりも遅くて高校2年生の冬です。昔からピアノを習ったり、中高で吹奏楽部に所属してパーカッションを演奏したりはしていたのですが、本格的に声楽を始めてからはまだ6年程になります。
— 歌を始めたきっかけはなんですか?
太田 1番のきっかけは、イタリアに行きたかったということです。イタリア語を勉強したい気持ちが強かったのですが、語学で大学に行くのはな……、という感じで、親に相談をした結果、歌を始めればイタリア語も勉強できるということで、もともと音楽はすごく好きだったので、音楽もしながらイタリア語も学べるのならそれが1番いいと思いました。母が同大学のピアノ科を卒業しているということも影響しているかもしれません。ちょっと動機は不純なんですけど……(笑)。
— へー。おもしろいですね。
太田 はい。でも始めたら、本当に歌が楽しくて。大学の4年間、すごく楽しく過ごすことができました。
— そうすると、外国に行きたいという気持ちはずっと強かったんですか?
太田 そうですね。高校生の頃からイタリアにはずっと憧れていました。旅行で行ったことはあったんですが、やはり観光と留学は違うので、大学を卒業したら勉強に行きたいとはずっと考えていました。
— 今までこういった講習会に参加したことはありましたか?
太田 いえ、今回が初めてです。留学自体したことがありませんでした。
— イタリア国内では、どこかに行かれたことがあったんですか?
太田 両親が昔、仕事の都合で2年間ローマに住んでいて、ローマには知り合いが多いので、何度か行ったことがあります。あとは、フィレンツェ、ヴェネツィア、ミラノ。ナポリにも行ったことがありました。ナポリは今回が初めてではなかったんですが、前回訪れたときは体調を崩してしまっていて、ゆっくり観光することができなかったので、きちんと観たのは今回が初めてです。
— 今回、イタリアでもいくつかの講習会があったのですが、ナポリを選ばれたのはどうしてですか?
太田 留学自体が初めてということもあり、いくつかの講習会を見ていたのですが、オーディションがあるところが多くて……。オーディションの場合、もし不合格ですと聴講だけということになってしまい、勿論それはそれで勉強にはなると思うのですが、初めてですし、折角イタリアに行くのなら聴講だけで無く実際レッスンもして頂けるところがイイと思い、オーディション無しで受け入れて頂けるナポリの講習会を選びました。それから、今回、講師をしてくださったメニクッチ先生が今年の10月にリサイタルで来日されるということを知り、興味を持ちました。
— 先生のことは演奏家としてご存知だったんですね。
太田 そうですね。名前だけは知っているという感じでした。ボチェッリというポップス歌手が、クラシックを勉強するときに師事していた先生ということで興味を持っていました。
— 実際の先生はいかがでしたか?
太田 すごく気さくな方で、楽しかったです。私があまりイタリア語が分からなくても、きちんと理解できるように話してくださいました。それで、今度来日されるということなので、逆に私が簡単な日本語を教えたり……(笑)。
— すごく親しくなったんですね。
太田 本当にフランクな先生でした。とてもありがたかったです。
— いくつの方なんですか?
太田 ちょうど講習中に誕生日を迎えられて54歳になられました。花束を買っていて、みんなでお祝いをしました。
— レッスンの内容はどんなものでしたか?
太田 聴講もできる公開レッスンだったんですが、ほとんどが発声でした。歌を歌う時間は最後の15分くらいで、あとはずっと発声。全く歌を歌わなかった日もあります。ヴォカリッツォ(発声)がいかに大事かということを実感しました。
編集注)イタリアでは、特に発声が大事と言われ、「必ず教授と共に発声を行い」レッスン時間の大部分を発声に使う場合があります。
— 今までに習ったことのないような発声方法もありましたか?
太田 最初に歌ったときに「今まであなたが勉強してきたことは何も間違っていないけれど、今の声はテアトロ(劇場)で歌う声ではない」と言われました。この発声だと、きれいには聴こえるけれど、何千人も人が入るところで歌うにはダメだ、と言われました。それで、まず、声を変えることからレッスンが始まりました。
— 声を変えるというのを今回の講習の目標にされたんですね?
太田 私の声が狭い場所で歌う声だったので、それを広いところでも歌える声にしようというのが今回の目標でした。いわゆるオペラ歌手が出す声、テアトロ向けの声にしようと。
— レッスン時間はどのくらいでしたか?
太田 基本的には1時間で予定が組まれていたのですが、割とアバウトで1時間を越えてしまうこともありました。レッスンは全部で5回ありました。
— 最低3回という予定でしたが、多く取れたんですね。
太田 そうですね。次の日の予定が壁に貼ってありまして、それで自分の名前を見て、時間を確認するというかたちでした。
— 受講者は何名くらいいたのですか?
太田 全部で11名です。私ともう一人日本人の方がいました。その方はミラノに住んでいらして、もともとメニクッチ先生に師事されている方で、ご自分で演奏活動もされているそうです。あとは、一人だけルーマニア人の女の子がいて、それ以外はイタリアの方でした。ルーマニア人の子とは同じ宿泊先だったこともあり、仲良くなりました。
— 講習会だとさまざまな国の方が参加される場合も多いですが、周りにイタリアの方がそれだけ多いと、イタリアに行ったという実感が持てますね。
太田 そうですね。もうどっぷりイタリアに浸かったという感じがあります(笑)。
— レッスンで教わったことで印象に残っていることはなんですか?
太田 ウエストの部分の筋肉の使い方はすごく勉強になりました。先生の助手の方が私が発声をしている間、そこの筋肉をずーっと押さえていて、それを押し返す気持ちで声を出しなさい、と言われました。背中に指のあとがつくくらい強い力だったんですが(笑)、おかげで自分のポジションが変わったのを実感できるようになりました。日本に帰ってから練習するときも、自分でそこを押さえながらするようにしています。
— 声質も変わりましたか?
太田 最終日に演奏会に出させてもらったんですが、「声が変わっただろう」、と先生に言われて、自分でも変化を実感できました。帰国後も家で練習していると、家族からも「少し声が変わったんじゃない」、と言われます。成長できたのかなーと、うれしかったですね。
— 他に変わったことはありますか?
太田 発音のことをすごく言われました。助手の方が別室でレッスン以外の時間に持って行った曲の発音を確認してくださったんです、今まで何気なく歌ってきましたが、ネイティブの方に見てもらうと、やっぱり違うなと感じましたね。
— そうやって見てくださると意識も変わりますよね。
太田 そうですね。発音がいかに大事かということを痛感しました。私が大学でついていた先生はフランスものが専門の方で、大学4年のときは1年間イタリアものから離れていたんです。今回の講習でも「あなたの“u”はフランチェーゼの“u”になっている」と言われました。それを根本から直していただいて、いい勉強になったと思っています。たった5回のレッスンだったんですが、得るものは大きかったです。
— 通訳はついていなかったですよね?
太田 はい。私も先生も英語は特に使わず、全部イタリア語でやりとりをしました。わからないときは、ジェスチャーを交えて話してくださるので、困ることはありませんでした。
— 覚えておいて役立った言葉はありますか?
太田 一応、声楽に必要な言葉は一通り覚えていったのですが、レッスン中に何度も言われるので自然に身に付いたといった感じです。舌がlingua(リングア)、息を吸うことをinspirazione(インスピラツィオーネ)、吐くことをespirazione(エスピラツィオーネ)、appoggio(アッポッジョ)これは「支え」という意味です。それから筋肉をmuscolo(ムスコロ)と言いますが、これらは本当に何回も言われました。あとイタリア人はオーディションやコンクールに参加する人を送り出す時等、「In bocca al lupo!(インボッカアルーポ)」「Crepi!(クレーピ)」というやりとりをします。これは直訳すると「狼の口に気を付けて!」「くたばれ!」という意味なのですが、所謂日本で言う「頑張ってね」「ありがとう」という意味で使われます。最終日のコンチェルトの時に、控え室では皆で言い合っていました。
— レッスン会場で練習はされましたか?
太田 毎日レッスンがあったのと、会場の建物内に所謂練習室といった練習室がなかったので、練習はしなかったです。ただ呼吸の仕方と筋肉の使い方は、毎日ホテルに帰ってから練習していました。壁に足と頭をつけてきちんと背筋を伸ばして立って、息を吸うという方法を初日に習ったので、それを毎日ホテルに帰ってからやっていました。あとは、腹筋などの筋トレやストレッチもしていました。ホテルなので大きな声を出すことはできませんでしたが、ハミングで歌の練習をしたこともあります。
— レッスン以外の時間は何をされていたのですか?
太田 他の人のレッスンの聴講が自由だったので聴講をしたり、ホテルに帰って、のんびり過ごしたりしていました。
— 他の方のレッスンはどうでしたか?
太田 人のレッスンを聴くのもすごく勉強になりますね。ノートを持っていって、レッスンを受けている方が注意されたことをメモしていたのですが、それがすごく勉強になりました。
— 最終日の演奏会はいかがでしたか?
太田 講習を受けた方は全員出させていただいたんです。場所は近くにある有名な考古学博物館で、各自で移動しました。講習会に参加した人だけで行う内輪な発表会だと思っていたのですが、一般のお客様が観にきてくださっているところでやらせていただきました。
— お客さんはたくさんいらしてたんですか?
太田 正確には分かりませんが100人以上はいらしていたと思います。考古学博物館にいらしていた方が「あ、なんかやってるな」という感じで観に来てくださっていたので、年配の方から小さなお子さんまでいろんな方がいました。
— 博物館のロビーのピアノを使って、という感じだったんですか?
太田 いえ、ロビーではなく、エントランスから少し脇に入ったところの小さなお部屋にピアノが置いてあって、そこで行われました。その部屋は、普段からよく発表会が行われているそうです。
— わりと音楽が盛んな街なんですね。
太田 そうですね。ナポリに限らず、イタリアではそういう小さな音楽会がレベル問わず当たり前にあるようで、日本との違いを感じました。
— 他に日本との違いは何か感じましたか?
太田 何よりも街が古いということですね。日本でも古い町並みはありますが、道路はきれいに整備されたりしていますよね。でも、ナポリの街は本当に昔のまま残っているんです。千何百年も前の石畳がそのまま残っていて、昔の有名な方もここを歩いたのかな、と思うと感慨深かったです。音楽家でいうと、ナポリといえばベッリーニも有名ですよね。近くにあるベッリーニ広場にも行きました。
— どうでしたか?
太田 そんなに大きな広場ではないんですが、ベッリーニの像があって、近くにはリストランテベッリーニというイタリアレストランもありました。そこにも一度入りました。
— 味はいかがでしたか?
太田 海鮮のサラダとパスタを食べたのですが、すごくおいしかったです。デザートのドルチェが有名だということを聞いていたので、それも食べてきました。ナポリは海が近いので魚介類がおいしかったです。
— 街の人はどうでしたか?
太田 みなさん親切でした。道が分からなくて尋ねると、連れて行ってくださったり……。日本人が少ないので、歩いていると目立つようで、お土産屋さんに話しかけられたり、お店のおじさんと仲良くなったりしました。
— フレンドリーですね。
太田 そうですね。行く前はスリやひったくりが多いと聞いて、警戒していたのですが、自分が隙を見せなければ狙われないですし、特に危険な目にも遭いませんでした。
— そうすると、ナポリはイタリアの中でもオススメですか?
太田 うーん。ナポリや車やオートバイがすごく多くて、とにかく交通マナーが悪く、道を横断するのも命がけなんですね(笑)。ミラノ在住の方がナポリのほうがミラノより交通マナーが悪いと言っていました。ナポリに来たら、歌を習う前に道路の渡り方を学ばなくっちゃいけないんだ、と(笑)。ですから自分の身は自分で守るといった範囲で個人で行く分にはいいと思いますが、道も狭く、細い路地にはバス等は入れないので、ツアーなどの団体で行くのには向かないなと感じました。特にお年寄りには危険だと思います。やはりどんなに周りが親切でも、常に警戒して気を張っていなければならないので疲れてしまいますし。私は古い街が好きなので、ナポリはとても気に入ったのですが、色々なことをふまえて考えると、万人にオススメは出来ないかなと。
— ホテルはいかがでしたか?
太田 鍵が開かなくなったり、クーラーが壊れたりと小さなトラブルはありましたが、ホテルの管理人さんがすごく親切だったので、過ごしやすかったです。着いた日がちょうど日曜日で入り口が閉まっていて分からなかったのですが、電話をしたら管理人さんがすぐに出迎えてくれて助かりました。
— レッスン会場のサラショパンも分かりにくい場所ですよね。
太田 そうですね、最初建物名がサラショパンなんだと思っていたので、でも会場がある広場付近で誰に聞いても知らないと言われてしまい(笑)建物に住所も書いてなかった為、少し分かりにくかったのですが、向こうに行く前に一度説明をしていただいていたので、無事にたどりつくことが出来ました。
— 移動は何でされていたんですか?
太田 徒歩です。ホテルとレッスン会場は徒歩でも15分かからないくらいの近い場所だったので。1度だけバスに乗ったのですが、あまりの交通渋滞で歩いた方が確実なので、歩いて行っていました。
— バスはいくらくらいでしたか?
太田 システムがわかりにくいのですが、カードを買ってバスに乗るとその時刻が打刻されるんです。それで、カードの金額によって、有効時間が違うというものでした。私は1ユーロのものを買ったので、75分の有効時間でした。中にはもっと長い時間のものもあれば、1日使えるもの、3日間使えるものもあるようです。
— 日本より少し安いくらいですね。
太田 そうですね。全体的に交通費は日本より安いと感じました。タクシーも土地や時間によっても違うのですが、初乗りが2〜3ユーロでした。
— 今回はローマを観光されてからナポリに行かれたんですよね?
太田 はい。観光というか、ローマでは少し郊外の音楽院に2週間通いまして、プライベートレッスンを受けたのですが、どちらも勉強になりましたね。サンタチェチーリア音楽院で教授をされている先生に教えていただきました。
— どのような違いがありましたか?
太田 ローマでもいろいろな発声を教わったのですが、ナポリではテアトロを意識したものだったので、そのあたりに大きな違いがありました。
— レッスン形態の違いについてはいかがですか?
太田 日本でのレッスンもプライベートレッスンでしたので、公開レッスン自体初めてでしたが、公開は公開で、自分の歌を同じく歌を勉強している人に聴かれるというので勉強になりますし、逆に自分が聴く立場になれるのもすごく勉強になりました。ずっとプライベートレッスンしかしてきませんでしたが、人前で歌うことにも慣れることができますし、公開レッスンもいいなと感じました。
— 他の受講生と話す機会はけっこうありましたか?
太田 ルーマニア人の子と一番仲良くなったんですが、その子はもともとミラノで声楽を勉強している子でした。一緒に聴講をしながらその場で感想を言い合ったり、晩ご飯を一緒に食べに行ったりしました。
— 海外の方と上手く付き合うコツはありますか?
太田 どうしても言語の問題が出てきて萎縮してしまうこともあるかと思いますが、こちらから積極的に話しかけることが大事だと感じました。それからあちらの方は曖昧にされることを嫌うので、分からなければ分からない、と自分の意志をきちんと伝えることが重要だと思います。
— 日本とイタリアの違いは?
太田 根本的にすべてが違うと感じました。日本人からすると、向こうはとにかくすべてが自由でマイペースだと感じると思います。例えば、不便なんですけど、昼間や日曜日はお店が閉まっていたり。私はそのことを知っていたので平気でしたが、知らないで観光に来た人はびっくりするんじゃないですかね。お店の営業時間に合わせて、車の量も変わります。日曜日はバスとタクシー以外車は殆ど走っていませんでした(笑)
— スーパーなどに買い物に行きましたか?
太田 駅の近くに日用品を扱っている有名なスーパーがありまして、そこに一度だけ行きました。
— 物価はどうでしたか?
太田 今はユーロが高いので、けして安くはないです。しかも水道水が飲めないので、水などはどうしても買わなけれならず、それはけっこうな出費だったなと思います。
— お水はいくらくらいでしたか?
太田 近くのマクドナルドやバールで購入していたのですが、だいたい500ミリリットルで1ユーロくらいでした。私が行った時は1ユーロが170円くらいだったので、やはり日本より少し高い感じですね。
— 最後に留学をする人にアドバイスをお願いします。
太田 留学する人へのアドバイスではないのですが、もし留学を悩んでいる方がいたら、私は絶対に行くことをお勧めします。やはり、音楽の本場で学ぶというのは、そこの空気を吸うだけで日本とはまったく違う感覚を味わうことができるんです。私は幸い、今回そういう機会をいただいて、大きなものを得ることができたなと感じています。
— なるほど。
太田 少し言い方は悪くなってしまうんですが、日本でいくらクラシック音楽を学んでも、日本でやっている西洋音楽というのは西洋音楽の真似事なんだなと感じたんです。勿論、私が日本で師事した先生方はいずれも海外へ留学経験のある、素晴らしい先生方でしたので、日本で勉強したことが無駄だったかというとけしてそうではありません。大学の4年間があったからこそ、留学することが出来たんだと思いますし。ただ、例えば向こうの方がいくら向こうで演歌を勉強しても、日本に来ないと実態が分からないように、クラシック音楽は向こうの音楽で、本物を知るには向こうに行って勉強しないとダメだと感じました。
— なるほど。
太田 音大を出て別のところに就職して音楽は趣味でやっていくという人なら、それでもいいと思うんですが、音楽を本格的に一生やっていきたいと思うのであれば、やはり向こうに行くという経験は必要になってくると思います。
— 太田さんは今後、音楽とどういうふうに関わっていきたいですか?
太田 できれば冬あたりにもう一度イタリアに行って勉強したいと考えています。音楽で食べていきたいといった欲はないんです。演奏家として食べていくのはそんなに簡単なことではないと思いますし。ただ、せっかく音大で4年間勉強をしましたし、今回の留学で歌が好きだということが再確認できたので、音楽の勉強は一生続けて行きたいと思っています。自分に合う、自分を伸ばしてくれる先生に出会って、その先生の元で勉強していきたいな、と思います。今回、憧れだったイタリアに行って、その思いは強くなりました。大きなリサイタルが開けなくても、小さなところでいいから人のために歌えたらいな、と考えています。聴いて下さる人が感動…とまではいかなくても、少しでも何か感じて貰える、そんな歌が歌えるようになりたいです。
— 今回の留学で音楽への思いが強くなったのですね。
太田 テレビもパソコンもないので、音楽のことしか考えることがなく、自分を見つめ直せるいい機会でした。短い期間の
留学だったけれど、自分が歌が好きだということを再認識することができました。今回の留学で、まだ歌が歌える段階ではないということが判りました。発声や体作りが必要だということを痛感しましたし、まずは、基礎をきちんとさせていきたいと思いました。
— 今日は本当にありがとうございました。
音楽留学アンドビジョン【緊急号外!締め切り間近オーケストラアカデミー vol.331. 2014-11-19 04:00:00】
行本康子さん/チェロ/ウィーン国際音楽ゼミナール/オーストリア・ウィーン
音楽留学体験者でなくては分からないような、音楽大学、音楽専門学校、音楽教室のコースプログラム、夏期講習会、現地の生活情報などを伺ってみます。将来の自分の参考として活用してください。

行本康子さんプロフィール
4歳よりピアノを始め、14歳のときにチェロに転向。桐朋学園大学音楽学部チェロ科に在籍中。現在、4年生。2008年ウィーン国際音楽ゼミナール参加。
- まず、簡単な自己紹介をお願いします。
行本 4歳の頃から10年くらいピアノを弾いていたのですが、少し嫌いになって辞めようと思っていたところに、たまたま小さな発表会を聴く機会があって、チェロの有名な曲「白鳥」を聴いて、チェロをやりたいと思ったんです。それで、14歳からチェロを始めて、桐朋学園大学に進学しました。現在、4年生です。
- これまで講習会に参加されたことはありますか?
行本 国内のでしたら、ついていた先生の個人的なものやその先生が講師としてよばれているものに2、3回参加したことがあります。
- では海外の講習会は初めてですか?
行本 はい、そうです。海外に行くこと自体、今回が初めてでした。
- では、どうしてこの講習会に参加されようと思ったのですか?
行本 去年くらいから、ドイツ語圏で知っている先生で、という条件で講習会を探していたのですが、去年は知っている先生がいなかったので参加しませんでした。今回はたまたま日本で2回見てもらったことのあるステファン先生の名前があったので、参加を決めました。
- なるほど。先生はステファン・クロプフィッチュ先生ですよね。前に教わったときからいい印象を持たれていたんですか?
行本 とても上手で、人柄がいいんです。教えることに専念している方ではないのですが、演奏する上で大切なことを細かく教えてくださる先生です。

- 講習会の参加者は何名くらいでしたか?
行本 全部で40人くらいだったと思います。チェロは4人でした。日本人が私の他にもう1人。韓国の中学生くらいの子、あとは、ドイツ語を話していたのでオーストリアの子だと思いますが、会場になっているウィーンの音大を受けたいと考えている子でした。
- 他の生徒さんの演奏を聴く機会はありましたか?
行本 韓国の子の演奏は聴けなかったのですが、あとの2人の演奏は聴きました。日本人の子はレッスンが前後だったので、必ず聴講していました。
- レッスンの雰囲気はいかがでしたか?
行本 多分、先生に見てもらうのが初めてであれば、どんな感じかな、と様子を見るののだとと思うのですが、私の場合、日本でも見てもらっていて先生も覚えてくださっていたので、初めからけっこう本格的なレッスンが始まりました。以前見ていただいたのは4、5年前なので私も変わっているとは思うんですが、年齢などを考慮して、真剣に見てくださったと思います。
- レッスンで印象に残っていることはありますか?
行本 一番ためになったなと思うのは、力の抜き方です。日本でも「力を抜きなさい」というのはよく言われることなんですが、具体的にどうしたらいいのかは教えてくれないので困っていたんです。ステファン先生は逆に「力を抜きなさい」という言葉は一言も言わずに、「こうしなさい」というのを2、3個具体的に言ってくれたんです。あとから考えると、その弾き方が結果的に力が抜けるのではないか、と思いました。
- 他には何かありましたか?
行本 レッスン中も弾きながら「ここはああしてこうして」と指示があるのですが、必ずレッスンの最後に「今日のレッスンで1番大切なことはね……」とその日の重要なポイントを1つか2つにまとめてお話をしてくださるんです。私のその日の様子を先生が絞って見てくださる形だったので、それがすごくよかったと思います。
- なるほど。
行本 今回、コンクールの課題曲に入っていることもあり、シューベルトを持っていったのですが、ウィーンの作曲家の曲で先生もウィーンの方なので「ウィーンの古典派はこう弾くんだよ」と他の曲よりも大切に見てくださった気がします。
- 何か参考になる具体的な言葉はありましたか?
行本 ホイリゲとよばれるバイオリンなどの演奏を聴きながらワインが飲める酒場に行って、陽気な人を見て来てごらんと言われました。曲の感じを掴むのに見て来た方がいいよ、と。実際に足を運んでみると、みなさん本当に楽しそうで、「あ、こういうことなんだ」というのが少し分かった気がしました。日本人の観光客ということで、向こうから話しかけてくれたり、“上を向いて歩こう”や童謡を歌いながら演奏してくれました。
- いい体験ですね。実際に演奏は変わりましたか?
行本 自分の中では変化はよく分からなかったのですが、参加者コンサートで演奏したときに、講師としてよばれていた日本人の先生が「ステファン先生の感じがすごく出ていて、よかったですよ」と言ってくださいました。ステファン先生のレッスンを受けて変わったのかなと思いました。

- レッスンのスケジュールを教えてください。
行本 月曜と木曜に先生に見ていただいて、月木月木でレッスンは計4回ありました。レッスンとレッスンの間に2、3日空くので、ちょうどよいペースでした。
- レッスンは1時間ですか?
行本 はい、ちょうど1時間です。
- 物足りなさは感じませんでしたか?
行本 感じませんでした。2週間あって、その中で4回のレッスンがあったので、私は十分かなと思いました。
- 講習会で組まれていたスケジュールについてお話を聞かせてください。
行本 初日に小さいホールのようなところでオープニングイベントがありました。まず、参加者の子たち3、4人のコンサートがあって、そのあと、講習会の大まかな説明を受けました。あとは最後に、サンドイッチと飲み物程度の軽いパーティーがありました。
- 他には全体で何かありましたか?
行本 13日(講習会3日目)には先生たちのコンサートがありました。先生たちの中からピアノ2人とビオラ、チェロの4人の先生が演奏してくださいました。チェロのステファン先生は1番最後にチャイコフスキーの「ロココ風の主題による変奏曲」を演奏をされたのですが、すごく評判がよくて、聴いていた他の楽器の受講生たちもステファン先生に教わりたい、と話していました。
- 13日だと、レッスンを1度受けたあとですよね?
行本 はい。11日初日に最初のレッスンがあったので。
- そうすると、これからのステファン先生のレッスンが楽しみになったのではないですか?
行本 そうですね(笑)。
- 他にもコンサートはありましたか?
行本 はい。会場が変更になって、ハイドン生誕の家ではなくて、隣ににシューベルト記念館がある小さなお城で開かれました。私はここで弾かせていただいたのですが、この会場はオープニングイベントのホールよりも学校よりも響いたので、音の響きはこの講習会中で1番よかったと思います。
- 日本だとなかなかないシチュエーションですよね。ウィーンのお城で演奏するというのは、どんな気分でしたか?
行本 すごくよかったです。他の受講生のみんなからも、私も弾くならここで弾きたいと羨ましがられました(笑)。
- お城でのコンサートでは何人が演奏したんですか?
行本 12人くらいです。
- 何曲演奏されたんですか?
行本 1人1曲で、私は先生と相談して演奏する曲を決めました。
- コンペティションも予定に組まれていたと思いますが、参加されましたか?
行本 いいえ、参加することはできませんでした。参加した人たちは、2曲を抜粋で演奏していました。そんなに堅苦しい雰囲気ではなくって、参加者コンサートとあまり変わらない雰囲気でした。
- そのあと、そのコンペティションで選ばれた人で受賞者コンサートがあったんですよね?
行本 そうです。コンペティションを12人くらいが受けて、10人が受賞していました。黒いパンツで弾いていた人がドレスで演奏していたりと、少しだけ雰囲気が変わっていました。
- その受賞者コンサートが講習会中、最後のイベントですか?
行本 はい、そうです。
- 練習はどこでしていましたか?
行本 ホテルで朝の9時〜夜の8時くらいまで音を出すことができたので、ホテルで練習しました。けっこう弾く時間はありましたね。
- 他の人の音は聞こえてきませんでしたか?
行本 窓を閉めて弾くというのが決まりだったんですが、おそらく窓を開けて弾いていた人の音は聞こえてくることもありました。ただ、私はそんなに気になりませんでした。
- レッスン以外の時間は何をしていましたか?
行本 外に出て、街を観光していました。
- ウィーンの街はいかがでしたか?
行本 すべてのものが大きいなぁというのが第一印象です。ガイドブックに載っているところやシェーンブルン宮殿、マリア・テレジア広場などに行きました。
- どこかお勧めのところはありますか?
行本 ホテルの近くにあったベルベデーレ宮殿です。私が滞在していたときは、中でクリムトの絵画展をしていました。次はゴッホ展になるようです。そこは楽しくて何時間でもいられる感じでした。
- 入場料はいくらくらいだったんですか?
行本 私は国際学生証を持っていなかったので、8〜9ユーロくらいでした。
- 宿泊先のホテルはどんなところでしたか?
行本 私は一人部屋を希望しました。部屋自体に不都合はなく、ドライヤーを借りたりすることもできて、そんなに困ることはありませんでした。日本のホテルより広かったです。
- 何か日本から持っていったほうがよいものはありましたか?
行本 歯ブラシは準備されていなかったので、持っていったほうがよいと思います。シャンプーやリンス、石けんも自分のものを使いたい人は準備しておくとよいと思います。
- ホテルのスタッフの対応はいかがでしたか?
行本 けっこうよかったと思います。行きたいところを伝えると、電車の時間を調べてくれたりしました。
- 他の参加者の方も同じホテルですか?
行本 はい。ほとんどの方が同じところに泊まっていました。レッスン時間などはバラバラでしたが、キッチンが共同なので、そこで会って話すのが楽しみでした。最初は外食をしていたのですが、毎日だと高くつくので、途中から自炊するようにしていました。
- 自炊していたんですね。食材はどうしていましたか?
行本 ホテルからすぐ近くのところにスーパーがあったので、そこで購入していました。
- 外食はいくらくらいだったんですか?
行本 中華料理など安いところは、5ユーロくらいでした。日本から来ている他の方と、ホテルの近くのレストランで食事をするときはだいたい8ユーロくらいでした。スープとメインとデザートが出て来る感じで、お腹はいっぱいになりました。高いといえば高いけど、こんなもんかな、という感じもしました。
- 参加者はどこの国の方が多かったですか?
行本 7割くらいが日本人でした。あとは、イタリア、韓国、ノルウェー人でした。
- 海外の方とうまく付き合うコツはありますか?
行本 日本人以外の参加者の方は、日本人が集団でいたので入りづらかったのか、特別な用事でもない限り、向こうから話しかけてくることはなかったです。なので、こちらから話しかけることのほうが多かったですね。話してみると、片言の適当な英語でもわかってくれたし、向こうもこちらがわかりやすいようにゆっくり話してくれたりと親切にしてくれました。
- 滞在中、何か困ったことはありましたか?
行本 困るという程でもありませんが、ホテルの朝ご飯が毎日一緒だったのが……(笑)。バイキングの内容が種類が少ないのにまったく同じだったんです。1週間くらいなら問題ないと思うのですが、2週間〜それ以上となると、少しきつかったです。パンが2種類とハムが2種類、チーズが2種類、スイカ、トマト、あとは飲み物が牛乳、ジュース、コーヒー、紅茶といった内容でした。
- ウィーンの交通はどうでしたか?
行本 電車に乗ってしまえばどこにでも行ける感じでした。日本のようにメトロの路線の数も多くないので、迷うこともありませんでした。チケットは乗り放題のものを購入しました。
- ウィーンの街は過ごしやすかったですか?
行本 日本と外国の違いだと思いますが、よく話しかけてくれました。お店の方だけでなく、そこに買い物に来ている現地のお客さんに話しかけられることもありました。ウサギの絵はがきをみていたら、そこにいた現地のお客さんが、その絵はがきと私の顔を見比べて「似てるわ」とおもしろおかしくいってきたり……。そういうことは日本ではないなぁ、と感じました。あとは、日本人で英語が話せる人というのは少ないと思いますが、ウィーンではほとんどの方がドイツ語以外に英語でも話してくれるので、助かりました。
- 初めての方でも行きやすい街ですね。
行本 はい。私が行けたくらいなんで……(笑)。

- 今回、留学をして成長したなと感じるところはありますか?
行本 周りの参加者を観察していて、やはり積極的な人が何かを掴めるのかな、ということがなんとなくわかりました。私も最初の1週間は様子を見ているところがあったのですが、後半は日本人はもちろん外国人にも話しかけてみようかなと思い、積極的にしていました。
- 講習会に参加してよかったなと思えることはありましたか?
行本 17日(講習会7日目)の参加者コンサートでお城で演奏したときに、イタリア人のクラリネットの男の子が私のチェロを気に入ってくれて、直前のピアノ合わせのときから「いいよ、いいよ」と言ってくれて、演奏が終わったあとも拍手で迎えてくれました。それで「室内楽をやらないか?」と彼が誘ってくれたんです。結局予定が合わなくて、合わせは出来ずに終わってしまったのですが、それでもそういうふうに言ってくれたことがすごくうれしかったです。日本に帰った後、彼とはメールをしています。
- 他に何かよい経験はできましたか?
行本 直接、講習会とは関係ないのですが、行きの飛行機で隣に座った女の人が乗り換えを手伝ってくれたり、帰りの飛行機でもスチュワーデスさんとチェロ分の座席のチケットのことで話が通じていないときに、日本人の女の人が間に入って通訳をしてくれて助けてくれました。最後のアムステルダムから成田の飛行機でも隣に座った男性が「趣味でコントラバスを弾くんですよー」と話しかけてくれました。その方は名刺もくださって「演奏会があるときは連絡してください」と言ってくれました。飛行機でもいろんな出会いがあって、楽しかったです(笑)。
- 楽器を持っていると話しかけやすいのかもしれないですね。
行本 それはそうかもしれないですね。そういえば、もう1人いた日本人のチェロの子は、楽器を現地で借りて、弓だけを持って来たと言っていました。その借りた楽器がすごくよい楽器で彼女にあっていて、気に入ってるみたいだったので、製作の年代や名前をメモさせました(笑)。
- 行本さんの楽器は向こうで音の鳴り具合はかわりましたか?
行本 日本に比べて向こうはよく乾燥しているから音の響きがよくなるということを聞いたりしますが、私の楽器はしけてるから響かないということはなくって、そんなに変わらないんじゃないかなと思いました。ただ、日本のほうが湿気は多いので、向こうに行って鳴らなくなるということはないと思います。
- 他に留学をして感じたことは何かありますか?
行本 やはり語学が大事だなと思いました。話したいという気持ちさえあればなんとかなるとは思うんですが、いろいろな言葉を知っていたほうが伝わりやすいかなと思いました。
- そうすると、留学する人へのアドバイスも「語学の勉強をしたほうがいい」ということになりますか?
行本 そうですね。ただ、そんなに前もって勉強していなくても、どんどん話しかけることが大事だと思います。あとアドバイスとしては、先生の選び方も大事だと思います。私は知っている先生に教わったので、レッスンが始まってからギャップを感じることはなかったのですが、感じてしまう人もいるようです。知っている先生に教わるのがベストですが、知らない先生でも少しでもいいので情報をキャッチしてから行ったほうが、向こうに行ってから驚いてしまうということもないと思います。
- 今後の活動の予定を教えてください。
行本 具体的にこれをというものはないんですが、卒業後はこの夏の経験を活かして何でも挑戦してみようと思うようになりました。今までは、表舞台に出ることを望んでいたのですが、そうではなくても、どこでも何でもいいから演奏が楽しくできれば、幸せなのかなと思うようになりました。だから、どんなに小さな仕事でも頼まれたら必ず演奏しようと思うようになりました。
- それはやはりウィーンで何か影響を受けたんですか?
行本 そうですね。外国の方は日本人とは違ってだいぶ楽しそうに弾いているし、街の人も楽器を持っていると興味を持ってくれたり、自然に音楽が流れている雰囲気が街にありました。
- これからも音楽を楽しんでいけるといいですね。今日は本当にありがとうございました。
音楽留学アンドビジョン【講習会最新情報&スペイン留学情報 vol.329. 2014-11-18 04:30:00】
新井田さゆりさん/声楽/カリアリ夏期国際音楽アカデミー/イタリア・カリアリ
音楽留学体験者でなくては分からないような、音楽大学、音楽専門学校、音楽教室のコースプログラム、夏期講習会、現地の生活情報などを伺ってみます。将来の自分の参考として活用してください。

新井田さゆりさんプロフィール
高校3年で歌を始める。鹿野道男先生に師事。現在、東京音楽大学大学院声楽専攻オペラ研究領域在学中。2008年イタリア・カリアリ夏期国際音楽アカデミーでペギー・ブーヴレ氏に師事。2006年より三年連続特待給費生。2007年東京音楽大学卒業演奏会、同年第77回読売新人演奏会、同年埼玉新人演奏会に出演。また、JT主催アフタヌーンコンサートに2回出演。
-簡単な自己紹介をお願いします。
新井田 高校3年生の6月に声楽を習い始めて、それから東京音楽大学の声楽演奏科コースに入りました。現在は、大学院の2年生です。声楽専攻オペラ研究領域に在籍しています。
-高校3年生で歌を始めるまで、専門的に歌を学んだことはなかったんですか?
新井田 はい、なかったです。
-では、高校3年生のときに歌を始めたのはどうしてですか?
新井田 中学と高校が特別音楽に力を入れている学校で、合唱発表会があったんです。そのときに東京音大の先生が合唱指導にいらして、その先生が私の声を聞いて「音大に行ったらどうだろうか」と言ってくださり、その言葉を聞いて、私にもできるならやってみたいな、と思ったのが歌を始めたきっかけです。
-今もその先生に習っているんですか?
新井田 いえ、違います。そのときにその先生に東京音大の鹿野道男先生を紹介していただいて、高校3年生の6月にゼロから習い始めました。
-6月に始めて、それで声楽演奏科コースに合格したというのはすごいですよね。
新井田 もうとにかく必死で勉強しました。始める時期も遅かったので、2月の入学試験までの8ヶ月間は死に物狂いで、脇目も振らずに勉強しました。楽典などの基礎知識もなかったし、ピアノも弾けなかったんです。そうして必死でやっていると、自分でもみるみるうちに声が伸びていくのがわかりました。
-ええ、ええ。
新井田 もし声楽演奏科コースが無理でも声楽科コースで通るだろうと思えるくらいまでは成長していました。その頃は、人前で歌うということも全くしていなかったので、入学試験でも全然緊張しなかったんですよね。それがよかったのか、無事に合格しました。大学入学後の2年間はサボっていて、とても不真面目な生徒だったんです(笑)。でも、大学3年のときに釜洞祐子先生と出会い、先生の手ほどきで音楽の素晴らしさや楽しさを知り、自分で勉強していくことの大切さを知って、今では歌なしの人生は考えられないというぐらい歌を優先しています。
-今まで勉強は大学で主にされてきたんですよね?
新井田 はい、大学で全部やってきました。
-そうすると海外の講習会に参加されたことはありましたか?
新井田 いえ、ないですね。
-今回、海外の講習会に行きたいと思ったのはどうしてですか?
新井田 アンドビジョンに私の友人が勤めていまして、その友人に留学を考えていると相談したら、いろいろな情報をメールマガジンというかたちで定期的に送ってくれたんです。それで、海外に行きたいとのは思っていたんですが、具体的にどの講習会に参加したいということはなかったんです。そんなとき、たまたまメールマガジンで今回のカリアリの講習会が紹介されていて、講習会の内容うんぬんよりも「サルディニア島に行ける」、「世界遺産の素晴らしい地中海を望む美しい街で講習会ができます」という謳い文句に私は食いつきました。それが一番の動機ですね(笑)。
-海外に行かれたことはありましたか?
新井田 いえ、今回が初めてでした。
-興味があった国はありますか?
新井田 漠然と行くならヨーロッパ圏がいいなと思っていたので、特に国は決まっていなかったです。それから、今、学校で主に勉強している音楽がフランス音楽だったので、フランス語やフランスの文化を知りたいなと思いました。カリアリはイタリアですが、今回の講習会は講師人がフランス圏ということで、それにも興味を持ちました。

-ペギー先生のレッスンの雰囲気はいかがでしたか?
新井田 ペギー先生って見た目はすごい声を出すんだろうなって思うくらい立派な体格の方なので、私自身はわりと痩せ型なこともあって、ペギー先生との体格の差に度肝を抜かれてしまって、先生についていけるのかどうかすごく不安だったんです。でも、ガイダンスが終わって、先生に挨拶に行ったら、すごく優しい笑顔で迎えてくれたので、安心しました。レッスンもとっても丁寧に教えてくれましたね。もともと日本で勉強してきた声の技術を活かしながら、先生がそれに上乗せしてレッスンしてくれるという感じでした。あまり否定はされずに、褒めて伸ばすタイプの先生でした。
-レッスンで印象に残っていることはありますか?
新井田 ペギー先生が自分で歌って見せてくれるのがとても印象的でしたね。もしかしたら言葉の壁があったからかもしれませんが、理屈とかではなく、英語でもフランス語でも伝わらない部分があれば自分を見本にして見せてくれる、それを真似してみなさいという教え方がとっても印象的でした。
-先生の声はいかがでしたか?
新井田 とっても「ビューティフル」、美しい声でした。低いところから高いところまでムラなく出ていて、音楽に対する知識もすごく豊富で、オペラや室内楽、他の歌曲など、声楽と呼ばれるジャンルならどの曲を持っていっても、それこそミュージカルナンバーを持っていっても、ちゃんと教えてくれる人だと思います。
-新井田さんはどんな曲を持っていったんですか?
新井田 私はプーランクのオペラの声を全曲とリゴレットを持っていきました。
-今度の卒業試験の曲も教えてもらったんですよね。
新井田 教えてくれました。先生の持ち歌なのかわからないですが、私のやりたい曲の主人公の心情になって指導してくれて、素晴らしかったです。うまく説明できないのですが、苦しみの中で愛しているって言いながら死んでいくシーンがあるんです。それを先生がやってくれたんですけど、そのときに椅子の上からズルズルと体を落としていって、「愛してる」って言うのよ、って。そしたら、先生がずり落ちすぎて立ち上がれなくなっちゃって、みんなで助けて、「大丈夫ですか? 先生!」って、起こしたんです(笑)。すごく楽しかったんですが、それぐらい先生は真剣に教えてくれたんですよ。
-先生のレッスンを受けている人は何人くらいいましたか?

新井田 私を含めて9人ですね。日本人が私を含めて2人、中国人が1人、フランス人が3人、ギリシャ人が1人、ナイジェリア人が1人、韓国人が1人。歳はだいたい23歳か24歳でした。
-聴講はされましたか?
新井田 聴講するようにと先生が言ったので、常に部屋には9人生徒が揃った状態で、1人が歌っているのをみんなで聴いていました。
-聴講というスタイルはどうでしたか?
新井田 とっても刺激になりました。自分が教わっているときにわからないことでも、他の人のレッスンを聴講することで、客観的に見えてわかったり、あるいは自分がやっているときに、他の子たちが見て盛り上げてくれて、それによって自分の中で眠っていたテンションみたいなのが出てきたりしました。とても情熱のあるレッスンでしたね。毎回、朝からテンションアップで、先生が言ったことをきちんとできた子がいたり、望んでいる声が出たりすると拍手して盛り上がっていました。
-すごいですね。
新井田 はい。それをいろんな科の子が噂で聞きつけて、歌のレッスンはほとんど満員、日によってはレッスン室に入りきれないくらいギャラリーが増えたときもありました。それくらい明るいレッスンだったんですよ。本当に幸せな一時でした。みんながみんな音楽を楽しんでいる感じがうれしかったですね。
-そういうことって日本ではなかなかないですよね。

新井田 ないですね。多分、ペギー先生の人柄だと思います。さすがですよね。
-レッスンは何回くらいあったんですか?
新井田 1時間のレッスンが1人最低4回はありました。朝の10時に始まって、2〜3人受けて、みんなでお昼ご飯を食べに行って、2時くらいからまた2〜3人入って、5時くらいまであって、そのあとは解散か、それぞれ自主練をするという感じでした。
-レッスン以外の時間は練習したという感じですか?
新井田 そうなんですけど、ここだけの話、練習をせずに、みんなで遊びに行くこともありました(笑)。5時にレッスンが終わるので、6時くらいに待ち合わせをして、そのまんまバスで海に行ったりしました。
-他の受講生と仲良くなれたんですね。

新井田 本当にとても仲が良くて、みんなで朝ご飯を食べて、レッスンを受けて、海に行って、またみんなで夜ご飯を屋上で食べて……。寮に屋上があって、隣接してキッチンがあったので、そのそばでみんなでご飯を食べました。
-海外の人と仲良くなるコツは何かありますか?
新井田 基本の挨拶をちゃんとすることだと思います。会ったら「Ça va?」って、毎回挨拶していましたね。それから、リアクションをちゃんとするということです。少しでも相手の言っていることが分かれば、「あなたの言っていること、すごくわかるわ」というリアクションをすれば、あなたに対して理解を示しているのよ、あなたととても仲良くなりたいわ、という感じが伝わると思います。今回はみんなその空気を出していて、誰一人として人見知りする人もいなかったんです。とても幸せなことに、みんなと仲良くなりたいと思ってくれている人たちばかりだったので、みんなのおかげで仲良くなれた感じです。
-その人たちとは今も連絡を取っていますか?
新井田 はい。全員と連絡先を交換して、パソコンでメールを交換しています。
-あまり練習はされなかったですか?
新井田 いや、練習もちゃんとしましたよ。学校の中に練習室がいくつかあっって、先生は「聴講するように」と言っていたんですが、あまりにも声の質が違う人や、自分はソプラノなので、メゾの人がレッスンを受けているときはレッスン室を外れて、練習していました。
-どのくらい練習できましたか?
新井田 望めば望んだ分だけできましたね。
-部屋はけっこう空いていたんですか?
新井田 そうですね。歌なので、アップライトでも、あるいはピアノがなくても、発声だけできればいいので、空いている部屋があれば、スタッフの人に頼んで鍵をもらって練習することができました。
-環境はいかがでしたか?
新井田 環境は何の問題もなかったです。窓を開ければ涼しくなるし、窓を開けていても誰にも文句を言われませんでした。
-カリアリの街はどうでしたか?
新井田 坂道がすごく多くて、凸凹した街でした。あるときレストランにご飯を食べに行ったときに、お店が坂道の途中にあって、机と椅子が斜めっていたんですよ。それで、友達が「こんなに斜めっていたら、食べられない、まっすぐにしてほしい」って、お店の人に言ったんですよ。そしたら、お店の人が「いや、それがこの街だから」って。「斜めなのが、この街の特徴よ」と言われました(笑)。いい意味でそんなふうにおおらかで、みんなが街に沿った生き方をしていました。
-景色はいかがでしたか?
新井田 きれいでした。海外に行ったことがなかったので、他の国と比べられないのですが、建物がすごく美しい造りで、どこを撮っても絵になる街でした。
-移動はどうされていましたか?
新井田 バスです。一度故障で停まってしまったときがあって、その日は歩きました。坂道がすごいんですよ、途中に休み休み歩いたので、バスだと10分くらいのところが30分くらいかかりました。
-バスのチケットはどうされていましたか?
新井田 学生寮のすぐ目の前にキオスクがあったので、そこで7日間乗り放題で10ユーロのバスカードを買いました。一度バスに通してから7日間有効で、7日間は乗り放題なので、学校に行くのにももちろん使いましたし、他にもスーパーやレストラン、海にもバスで行きました。とても重宝しましたね。
-バスのダイヤの乱れはなかったんですか?
新井田 ありました。あったんですが、バスの本数がわりと多かったので、あまり困ることはなかったですね。全く時間通りには来ないんですけど、その分思わぬところで拾える感じです。電光掲示板にあと50分後にバス来るって書いてあるのに、すぐ来たりするんですよ。電光掲示板の意味が全くなかったです(笑)。
-バスはわかりやすかったですか?
新井田 はい。日本みたいに親切に停留所のアナウンスはないので、自分で風景を覚えてここで降りるんだなと覚えなければいけませんが、日本と同じようにボタンを押して、降りるという意思表示ができます。ただ、運転はすごく荒かったですね(笑)。でも、歩行者を大切にするんです。ちょっとでも道路を渡りたそうな人がいたら、どんなにスピードを出している車でも停まってくれるんですよ。それは日本と全然違いますよね。運転は荒いですけど、みんなマナーはよかったです。
-外食ではどんなものを食べたんですか?
新井田 イタリアン料理です。ピザやカプレーゼというイタリアのトマトのサラダ、あとはラザニアやフンギといったパスタ料理ばかりでした。
-おいしかったですか?
新井田 おいしかったです。特にチーズがとてもおいしかったです。ただ、サラダが日本と違って味がないんですよ。オイルで食べるんですよね。だから、ドレッシングを持っていったらよかったかなと思いました。
-いくらぐらいでしたか?
新井田 だいたい1人20ユーロいくかいかないかくらいで、結構高かったですね。なので、ほとんどスーパーで買って自炊しました。
-スーパーは寮の近くにあったんですか?
新井田 はい、徒歩圏内で行けるところにありました。とても大きいマーケットなので、ほとんどのものはそこで揃えることができました。寮はキッチンは付いていたんですが、フライパンなど一切の調理道具がなかったので、みんなで割り勘で買いました。
-仲が良い人がいてよかったですね。
新井田 本当にそうですよね。あとは、日本人がすごく多かったのも、他の科の子と仲良くなれたきっかけです。
-学生寮は安全でしたか?
新井田 それぞれの部屋に鍵が付いていて、外に出るときは鍵を受付に預けるシステムでした。帰って来て、鍵を受け取るときは、自分の鍵の番号を言わなければいけないので、それで棟のセキュリティーが守られていたんだと思います。
-生活面で困ることはありませんでしたか?
新井田 なかったですね。お湯がちゃんと出るシャワーもありましたし、お水も出るし、トイレも水洗トイレですし、冷蔵庫もあったし、電気も点くし、窓もあったし、すごくきれいな部屋でしたね。
-受講者はみんなそこに泊まっていたのですか?
新井田 はい、そうです。カリアリの講習会に参加していないバカンスで来ていた学生も泊まっていて、一般公開で宿泊施設として使っているようでした。話してみたら音楽と関係ないことをしていて、「何でここに泊まっているの?」と聞いたら、「ここはみんなに宿泊を開放しているんだよ」と教えてくれました。そんなふうに普通に観光に来ていた友達もできました。
-何語で話したんですか?
新井田 その人はアラブ系のイタリア人だったので、イタリア語でお話しました。
-イタリア語も話せるんですね。
新井田 学校が全部イタリア語だったので、イタリア語も使いました。寮の友達と話すときは、フランス語や英語だったんですが、お店やレストランやバス、あとスーパーでは全部イタリア語でしたね。
-語学はどのくらい勉強されたんですか?
新井田 フランス語は一応半年間、語学学校に通っていたんですが、それ以外の英語やイタリア語は、学校で文法を習う程度なので、自分でもよく話せたなと思います(笑)。
-英語はけっこう話せますか?

新井田 聞き取れはするんですけど、返せないこともありました。でも聞き取れたときはリアクションをするので、みんなと仲良くなれましたね。話が通じていると、みんな話しかけてくれるんです。私たち日本人でも、話しかけたときに向こうが“なんて言われたんだろう”って顔をしていると、ちょっとコミュニケーションがとりづらいなと思ってしまって、話しかけづらいと思うんです。“わかっているよ”っていうのをオーバーなくらい出せば、向こうも話しかけてくれますね。
-留学中に困ったことはありましたか?
新井田 特になかったです。バスが途中で停まってしまったときはかなり焦りましたけど、一人じゃなかったので、みんなで仲良く歩きましたし……。一人ではあまり行動しませんでした。なるべく現地のことをわかっている子や、言葉がわかっている子と一緒に行動するようにしていました。
-快適に過ごせたんですね。
新井田 困ったことと言えば、私の帰る日、7日の日曜日に、ちょうどローマ法王がサルディニア島に来まして、一切の交通機関が使えなくなっちゃったんです。ローマ法王を崇める人たちで道路が塞がってしまって、学校から寮に帰れなくなってしまったんです。警察に頼んだんですが、警察は対処してくれなくて、遠回りすれば寮に戻れる感じだったので、人だかりを避けて、こっちの方向だろうと感覚だけで帰りました。遅くなってしまうと、飛行機間に合わなくなってしまうので、必死で帰りました。街のみんながお祭り騒ぎで、いくら私が「寮に帰りたい」ってイタリア語で言っても、全然聞いてくれなくて、むしろ「一緒に盛り上がろう」みたいな……。結局、無事に寮に着いて、目の前の広場から空港行きのバスに乗ってなんとか間に合いました。
-カリアリの人たちはどんな人でしたか?
新井田 おおらかで、陽気でした。みんな笑っていましたね。日本人とかわかると、「ちょっと待ってください」とか「また来てください」とか、話しかけてくれました。
-治安はどうでしたか?
新井田 悪くなかったです。日本と同じような感じでした。悪い人も、ジプシーも、物売りもいなかったです。カリアリはリゾート地だからか、平和な街でした。
-日本と違う点を何か感じましたか?
新井田 大きいお札を嫌うことです。2ユーロくらいの買い物に10ユーロを出してしまうと、もうダメです。「両替してこい」って言われますね。面倒くさいみたいで、おつりをくれないんですよ。一度、43.75ユーロくらいの買い物をしたときに50ユーロで払おうとしたんです。でも、お店の人は0.25とか0.55といった細かいところを払ってほしかったみたいなんです。私はお札しか持っていなかったので、すごく嫌な顔をされて、おつりを小銭で渡されて「グラッチェ(ありがとう)」って言ったんですけど、「アリヴェデルチ(さようなら)」って言われました。普通、ありがとうって言ったら「プレーゴ(どういたしまして)」って返ってくるんですけど、さようならと返ってきて、寂しかったですね。
-他には何かありましたか?
新井田 参考になるかは分かりませんが、イタリアだからといって、コーヒーが特別おいしいということはなかったです。日本のほうが凝っているんじゃないかと思いました。
-向こうの方がこだわっているのは伝統料理なんでしょうか?
新井田 こだわっているというより、普通に味を付けたのが、めちゃめちゃおいしいんだと思います。隠し味っていう感じの味ではなくて、ただ素直にトマトの味がおいしいとかチーズがおいしいとかパンの生地がおいしいとかパスタの生地がおいしいとかそんな感じでした。
-日本食はありましたか?
新井田 中華料理とか日本料理とかどうやらあったらしいんですけど、私は行かなかったです。
-演奏会はありましたか?
新井田 先生たちの演奏会があって、すばらしかったです。ハープやフルートなど、歌以外のプロの演奏会になかなか行く機会がないので、すごくよかったです。
-どこで行われたんですか?
新井田 カリアリの学校のそばにある劇場でした。普通のホールで、真っ赤な絨毯でオペラ劇場のようなところでした。二階建てで、ほんとに広い劇場でした。先生たちの演奏会だけでなく、残っている学生はみんなそこで演奏会をしたようで、「すごくよかった」って後からメールで聞きました。
-留学して、成長したなと思えることはありますか?

新井田 世界の広さを肌で感じたのは、自分にとっていい経験になりました。自分が幸せな環境で暮らしているということも、日本にいるとわからなくて、世界にはいろんな人がいることを知りました。今回は、音楽の留学ということで集まっているので、それなりに裕福な方も多いのですが、その国その国で、国ごとに文化があって、歴史があって、そんななかでその子たちが育ってきて、生きていく術を学んでいるということが分かりました。
-なるほど。
新井田 一緒に話していても、日本では理解できないような言動や、おやって思うようなこともあったんですが、それはその子たち独自の国民性なのかなと思いました。例えば、日本人はとてもおとなしいと言われるじゃないですか? 私も言われたんですよ、「おとなしいね」、「なんでもかんでも『うんうん』って感じだね」って。それって、やっぱり国民性というか民族性ですよね。いろんな国の人たちと知り合えて、日本人ってそうなんだなって思いました。自分が意志の弱い人間なんだと、自分を知る機会になったと思います。
-参加してよかったと思う瞬間はありますか?
新井田 私が日本で勉強しているということをわかってくれた、ことですね。
-それはどういう意味ですか?
新井田 日本でもこういうふうに音楽を勉強している人がいる、ということを分かってもらえたことです。ヨーロッパの音楽をやっているわけじゃないですか? 日本人がイタリア語で歌って、フランス語で歌って、ドイツ語で歌って……。向こうの人は、言語に対するそういうストレスもなく歌っている。言葉も国も違うけれど、同じ楽譜を見て同じような勉強を日本でもしている女の子が一人いたのよ、と思ってくれる。自分の声で自分の歌を歌うことによって、友達ができたことがすごくうれしかったですね。言葉がわからなくても同じ曲を歌っていることで、心を通わせて音楽を楽しむことができたのがすごくうれしかったです。
-留学前にしておいたほうがいいてことはありますか?
新井田 語学ですね。もちろん全然わからなくても、困ることはないんですよ。なぜなら、結局は音楽で分かり合えるからです。不思議なんですけど、音楽は音を出すだけで、言葉が分からなくても分かり合えるんです。でも、自分の意思を伝えたり、相手の意思を全部わかりたいって思うときに、語学って必要なんです。どんなに大変でも時間とお金をかけて、語学は準備したほうがいいと思います。これははっきり言えます。付く先生にもよるんですが、付く先生が英語もOKなら、英語とイタリア語、カリアリに行くなら、できればフランス語、英語、イタリア語の3カ国ですね。
-今後留学を考えている人にアドバイスをお願いします。

新井田 勇気を持って、とにかく行くことですね。行くか行かないかって迷っている人に対するアドバイスというよりは、とにかく行けっていうアドバイスです。どんなに他の人が経験を細かく語ったとしても、行ってみないと、自分が経験してみないとわからないと思います。私もわかりませんでした。だから迷っているなら、行くべきだって思いました。
-短期の留学でしたが、身になることはありましたか?
新井田 ありました。私はたった1週間だったんですけど、自分の性格が変わるというか、すごく成長を実感しました。なぜなら、日本にいると刺激ももちろんあるけれど、それに慣れてしまっているんですよね。例えば、外国人が突然「ハロー」って声かけてくるわけじゃないし、誰か困っている人がいても声をかけるわけじゃない。でも、それが外国では当たり前なんですよね。ちょっとでも目が合えば「サヴァ?」と声をかけてくる。そのときに、自分一人で何かを思っていても仕方がないと思うんです。元気なら元気、元気がないなら元気がないと、どんどん自分を出していかないといけない。話しかけられたくなかったら、話しかけないで、という態度を出せばよくて、中途半端はよくないんです。でも、日本人ってどうしても中途半端にして、それが一つの礼儀みたいになってしまっていると思います。濁して、自分の意見をはっきり言わないほうがいい、そういう環境で育ってきている分、成長できることも、どうしてもそこでストップしてしまうんです。海外に一人でぽんと行くことで、そういうことに気がついて、全然違う自分が出てきちゃうんですよ。
-なるほど。
新井田 もちろん、成長するもさせないも自分次第なんですけどね。一緒に参加していた子も、「自分を出すことが恥ずかしくなくなって、分け隔てなく自分を出せるようになった」って言っていました。そういうふうに自己表現に対する考え方が1週間でだんだん変わってきて、「日本に帰ったら強くなっているかもね」なんて、笑って言っていました。
-へー。

新井田 でも、日本に帰ってくると、また日本に慣れてしまって、やっぱり日本の生き方になってしまうんですよね(笑)。でも、それはそれで、この国での生き方なんだな、と、そういう考えもできるようになりました。
-音楽に関してはいかがですか?
新井田 そうですね。本場の人に褒められるっていうのは、うれしいですよね。
-今後の活動の予定を教えてください。
新井田 この留学を活かしていこうと思っています。来年も海外で勉強したいなって思うくらい、海外が好きになっちゃいました。すごく楽しみです。自分もとにかく勉強しなくちゃな、と思うことができました。
-今日は本当にありがとうございました。