柴田昌宜さん/指揮/モーツァルテウム音楽大学夏期国際音楽アカデミー/オーストリア・ザルツブルグ
音楽留学体験者でなくては分からないような、音楽大学、音楽専門学校、音楽教室のコースプログラム、夏期講習会、現地の生活情報などを伺ってみます。将来の自分の参考として活用してください。

柴田昌宜さんプロフィール
大阪音楽大学卒業(トランペット専攻)同大学専攻科修了(指揮専攻)。2003年陸上自衛隊に一般幹部候補生(指揮者)として入隊。中央音楽隊に配属され全国音楽隊員に対する教育を担当する。2005年より東部方面音楽隊音楽班長を務め、国家的な式典や各種の演奏会を指揮する。この間モーツァルテウム音楽大学夏期国際音楽アカデミーに参加してディプロマを取得。2007年8月、第1混成団音楽隊隊長(那覇)に着任し、沖縄県下全域において演奏活動の任に当たっている。
― 現在までの略歴を教えて下さい。
柴田 大阪音大にトランペット専攻で入りました。その後、専攻科の指揮専攻に進み、卒業後、陸上自衛隊に指揮者として入隊しました。中央音楽隊から東部方面音楽隊を経て、ザルツブルグの講習会から帰国後の8月から沖縄の第一混成団音楽隊隊長として、沖縄に赴任しています。
― この講習会に参加されたきっかけを教えてください。
柴田 もともと、海外のマスタークラスに参加してみたいという希望がありまして、色々と探してはいたのです。以前から、モーツァルテウム音楽院夏期国際音楽アカデミーか、ウィーン国立音大の講習会に行ってみたかったのですが、今年8月に転勤することが決まりまして、7月中に参加できるものをと探したら、モーツァルテウムが時期的に合っていました。
― どのような理由で今回の講習会をお選びになったのですか?
柴田 やはりオーストリアということと、先生ですね。
― 先生は以前からご存知だったのですか?
柴田 ペーター・ギュルケという有名な指揮者で、ベートーベンのシンフォニーなどを校訂している人です。ペーター・ギュルケ版というのが出ているくらい、すごい権威者なので、是非にとは思っていました。

― レッスンの雰囲気はいかがでしたか?
柴田 かなり丁寧でした。日本人みたいでした。本当に基礎から細かく教えていただけました。
― 振り方に関することもありましたか?
柴田 そうですね、振り方に関することもありましたし、音楽的な作り方に関することもかなり緻密に指導されました。
― 特に印象に残っている事などありますか?
柴田 1番衝撃だったのは、「振りすぎだ」と言われたことでした。こちらからしたら、全部に指示を出して、丁寧に振っているつもりだったのですが、先生は、「これでは音楽の流れを止めてしまう」と言われました。
― それを受けて何か自分の中で変わられたことはあります?
柴田 そうですね、もちろん、音楽の流れを重視するようになりました。
― レッスンは何語で受講されましたか?
柴田 オーケストラがドイツ・カンマー・アカデミーというオケでしたので、先生はドイツ語と英語を使い分けてらっしゃいました。僕に対しては英語で指導してくださいました。
― 事前に語学の勉強はされていかれましたか?
柴田 いえ、まったくして行きませんでした。
― 英語がお得意なのですか?
柴田 得意というほどではありませんが、まったく分からないということもありません。

― 先生と言葉が噛み合わなくて不便に感じるところはありませんでしたか?
柴田 やはり伝わりにくいことはありました。これはたまたまなのですが、オーケストラのヴィオラ奏者に日本の方がいらっしゃったんですよ。それで、分かりにくい時はその方が間に入ってくれました。
― レッスンは何時くらいから始まりましたか?
柴田 だいたい朝の10時くらいから、休憩が途中1時間半から2時間くらいあって、5時くらいまで毎日やっていましたね。
― レッスンはどういう形ですか?
柴田 受講生は僕を含めて全部で6人でした。最初の1日はピアニストが2人入って先生とレッスンを行いました。2日目からは、オーケストラが3,40名くらい入って、あとは先生と受講生という感じでレッスンが行われました。
― その中で指導してもらう受講生が入れ替わるのですか?
柴田 人によって時間は多かったり、少なかったりしたのですが、僕はかなり多かったですね。午前と午後30分ずつくらいは振らせてもらいました。
― それは期待されていた、ということでしょうか?
柴田 どうでしょう(笑)。まぁ、何かあったかもしれないですけれど。課題曲にストラヴィンスキーの「ダンバートン・オクス」があって、僕はよく振らせてもらいましたが、受講生のなかにはまったく指揮をさせてもらえない人もいました。曲によって受講生を振り分けていたみたいです。簡単な曲しか、させてもらえない人もいました。
― 生徒さんのレベルによって曲を分けていたということでしょうか。
柴田 かもしれないですね。

― 受講生の中に日本人はいましたか?
柴田 いませんでした。僕の他は全部西洋人で、イタリアから2人と、オランダ、オーストリア、南アフリカから一人ずつ来ていました。
― 通訳はつけましたか?
柴田 手続きの時は通訳がいましたが、レッスンには入ってもらっていません。
― 手続きの時の通訳はいかがでしたか?
柴田 とてもよくしてもらいました。
― 練習はどのくらいできましたか?
柴田 指揮は練習というのがほとんどできないですから、宿泊先に帰って楽譜をずっと見ているような状況ですね。結構毎日のチェックが大変でした。復習ですね。次の日、今日教えてもらったことを踏まえてオーケストラを目の前にして振らないといけないので、勉強はかなりしました。
― それでは、レッスン以外の時間はほとんどを勉強に費やしていたのですか?
柴田 レッスンが終わったあとはオーケストラのメンバーや、ほかの受講者と食事に行ったりしましたので、勉強は朝5時に起きてやっていました。
― 交流を深められたのですね。
柴田 そうですね、他のコースと比べても交流はあったほうだと思います。

― 受講生によるコンサートは出演されましたか?
柴田 僕は一週間しかいなかったので最終日になったのですが、6人全員指揮をしました。ただ、曲の難易度だったり、長さはそれぞれ違っていて、だいたい順当な感じでした。
― 柴田さんは、どんな曲を振ったのですか?
柴田 僕はストラヴィンスキーをふらせてもらいました。
― 難しいストラヴィンスキーを!
柴田 はい、かなり難しかったのですけれど、頑張ってふりました。
― コンサートで指揮をされていかがでしたか?
柴田 オーケストラが来ている事もあって、かなりお客さんは来てくれていました。200人くらい入ったと思います。学校関係者もいたのですが、ザルツブルグの地元の人が多い感じでした。
― 地元に開かれたコンサートだったんですね。
柴田 そうですね。受講者コンサートの中でも目玉になっているようでした。プロのオーケストラと若い指揮者という関係で、ポスターにも出ていたくらいでした。
― 宿泊先の学生寮はいかがでしたか?
柴田 まぁまぁ、思ったよりは良かったです(笑)。1Kくらいで、バスタブはありませんでしたけど、シャワーが付いていました。新しくはありませんでしたが、普通に清潔でした。
― 建物は、オーストリアの伝統的な感じですか?
柴田 いえ、全然。四角い感じでした(笑)。

― 外食はされましたか?
柴田 はい、オーケストラのメンバー達とよく行きました。バーベキューをしてくれたんですよ。そういうのにも行ったりして面白かったですね。
― 外食はおいくらくらいでしたか?
柴田 旧市街の観光地の真ん中だと結構かかりましたね。食べて、ワインでも飲んだら、12,3ユーロくらい(約2,000円)。でも、ザルツブルグでも観光地じゃなく郊外に行けば、8,9ユーロくらい(約1,400円)ですみました。
― 近くにスーパーとかはありましたか?
柴田 モーツァルテウムは川を渡ったところにスーパーがありましたし、学生寮の近くにもかなり大きなスーパーがありました。ただ、平日の昼間しか開いてないので、僕はほとんど活用できませんでした。ほとんど外食でした。だから(渡航費用を)ぎりぎりで行ったら大変だと思います。
― 外食に結構かかりましたか?
柴田 そうですね、かかった方だと思います。
― 講習会と宿泊先はどういう風に行き来されましたか?
柴田 だいたいバスですね。
― どのくらいかかりましたか?
柴田 20分くらいだったと思います。
― バスが遅れたりとかはありましたか?
柴田 ほとんど定時だったと思います。
― スリなどの被害にあわれることはなかったですか?
柴田 何もありませんでした。ウィーンでも、ザルツブルグでも。

― 不審な人は見ましたか?
柴田 見る限りはなかったですね。
― 海外の人々とうまく付き合うコツは何かありますか?
柴田 自分の意見をはっきり言うことですね。色々と、「どう思う?」と聞かれることが多いんです。最初はちょっと少し下に見ているみたい
な感じがありましたね。でもそれが、僕が指揮をふって、音楽的な何かが伝わった時、なくなったように感じました。そういう意味では音楽で通じるというのは結構あるので、認め合うのが一番かな、と思いますね。
― 認め合えるものを持っていらっしゃるんですね(笑)。
柴田 それは分からないですけど(笑)。でも表現は結構できたかなというのはあります。音楽で何もなかったら、それからは相手にしない、という手もあると思います。
― 認め合うところは認め合うという方々がたくさんいらっしゃるんですね。
柴田 そうですね、やっぱり音楽で繋がっているなと思いますね。
― 今回講習会に参加して良かったと思われますか?
柴田 いやもう、かなり良かったですね。海外の方々とばかり話をして、日本語を話す機会がほとんどないくらいだったので、それぞれの国民性がよく分かりました。音楽をやる姿勢は一緒だな、自分がやっていることは間違っていないという再確認になりました。一週間はちょっと短いかな、とは思いました。しかし、仕事をしている関係で長期留学をするのは難しいため、休みを見つけてこうやって短期で講習会に行くしかないので、その分集中してできました。体力的にはきつかったですけれど、帰りは涙が止まりませんでしたね。参加できたことが嬉しくて。最後の日、受講者コンサートのあとに、70人、80人くらい集まった大宴会があったんですよ。とても楽しかったです。学校の先生とか、ミューレンバッハも来ました。オケのメンバーやヨーロッパの方々ともメールアドレス交換したりしました。人間的な付き合いが繋がって、本当に良かったですね。
― 講習会で自分が変わったとか、人間的に成長したな、と思うことはありますか?
柴田 音楽に対する自分の気持ち、取り組み方をまだ完璧に掴んだわけじゃなく、漠然とした感じではありますけれども、確立できたところはありますね。自分がやっていることが、本当に西洋でも同じようにやっているのか、日本でだけこうじゃないのか、と思っていたんです。指揮だったら、斉藤指揮法というのが日本ではあるんですが、それだけじゃ駄目だという事も分かりました。ひとつの僕の音楽性の指針にはなりました。
― 留学前にしっかりやっておけば良かった、ということはありますか?
柴田 曲ですね。もっとしっかりやっておけば良かったと思いました。留学する前は転勤前でばたばたしていて、なかなか楽譜を見る時間がなかったので。
― 日本とオーストリアで大きく違う点はありますか?
柴田 オーストリアはかなりルーズですね。サービスやテンポが。でも自分がそのテンポに入れば何のことはなかった。逆に気持ちにゆとりが出たりしました。

― 今後留学する人に何かアドバイスがありましたらお願いします。
柴田 悩んでいる人がいたら、無理してでも行った方がいいと思います。資金的にも無理してでも行った方が何かに繋がると思います。絶対に。二の足を踏んでいるとしたら、行った方がいい。でも、漠然とただ海外に行けば何かある、という人は行っても仕方がないと思います。ある程度、自分が悩んでいることや目標や目的がある人でないと参加する意味がないと思います。でも、きちんと目標がある人が行ったら、必ず何かがあると思います。
― 今後の活動の予定はいかがですか?
柴田 自衛隊での活動が基本にあります。吹奏楽の中でやることになるのですが、それはオーケストラから派生したものでもありますから、指揮というものは共通です。今回勉強したことを十分活かして、自衛隊の演奏を充実させていこうと思っています。自分のためだけではなく、自衛隊や地域のためにも、もっと人を感動させられるような音楽を作っていければと思います。
― 長い間ありがとうございました。
音楽留学アンドビジョン【明けましておめでとうございます! vol.337. 2015-01-01 04:00:00】
畑真由美さん/声楽/ロンバルディア声楽マスタークラス/イタリア・ミラノ近郊
音楽留学体験者でなくては分からないような、音楽大学、音楽専門学校、音楽教室のコースプログラム、夏期講習会、現地の生活情報などを伺ってみます。将来の自分の参考として活用してください。

畑真由美さんプロフィール
洗足学園音楽大学声楽卒業。2007年ロンバルディア声楽・ピアノマスタークラスにてルチアーナ・セッラ先生の講習会に参加。
― 現在までの略歴を教えて下さい。
畑 洗足学園音楽大学の声楽科卒業です。歌が大好きで小学生の頃、合唱部に入部。また作詞作曲した作品が採用されて、全校生徒に歌ってもらった事があります。高校の頃、イギリス研修でミュージカル鑑賞をしたのがきっかけで、歌を習いはじめました。最初は遊び心でしたが、指導を受けていたオペラ歌手の先生に憧れて、クラシックに興味を持ち、本格的に精進するようになりました。
― 大学を卒業されてからは、どのような活動をされていましたか?
畑 建築大学の音響学に於けるコンサートホール設計の実験に携わり、実験を兼ねてのクリスマスコンサートをしています。また、色々なオーディションを受けて公演に出演したり、小学校から依頼を受けてコンサートを企画・演奏しています。その他、自主的に門下生同士での演奏会や同期有志による歌とオーケストラにバレエをコラボレーションしたコンサートを手がけるなど、演奏の場を常に繰り広げています。
― 講習会に参加されたきっかけを教えてください。
畑 高音を美しく出す発声のテクニックやイタリア人が話しているかのように歌う発音のポイントをつかみたいと思いまして参加しました。特に本場イタリアのコロラトゥーラの先生のレッスンを受けてみたいというのが待望でした。
― ロンバルディアの講習会を選ばれた理由は何かありますか?
畑 ルチアーナ・セッラ先生のCDを持っていまして、先生の美声に近づきたかったからです(笑)。
― それは良い機会でしたね。
畑 はい、これほど有名な歌手の手ほどきが受けられるなんて、レッスンが始まるまで半信半疑でしたが、本物だったので、もう嬉しさ、隠し切れませんでした(笑)。
― 先生のレッスンの雰囲気はいかがでしたか?
畑 とっても良かったです。やはり先生お得意の高い声を目の前で出された時には、すごく感動しました。
― 教え方はいかがでしたか?
畑 実際に目の前で歌ってくださり、それを近くで見る事ができましたので、大変分かりやすかったです。常に口元の形やボディーチェックをしてくださいました。また、指導に熱心な先生で、お昼休みを短縮しても、夜遅くなっても、1人45分のレッスンは時間厳守されていました。

― 雰囲気は暖かいものでしたか?
畑 そうですね、すごく雰囲気を大事にされました。生徒それぞれの個性をちゃんと見抜いてくださる感じの先生でしたね。
― レッスンは何語で受けられましたか?
畑 イタリア語です。
― 通訳は付けられましたか?
畑 はい、付けました。
― 通訳の方はいかがでしたか?
畑 通訳の方は、もちろん、レッスンで先生がおっしゃることすべてのイタリア語を忠実に通訳してくれました。通訳の方にはレッスン以外でもお世話になりました。周りがとても田舎で、食べるところがあまりなく、英語も全然通じなくて、最初は困っていたんですね。それでいろいろ案内していただきました。レッスンで持参した以外の楽譜が必要になったときも、他の(イタリア人の)生徒に声をかけて借りて下さり、印刷屋さんを求めて一緒に歩き回って下さったことも。アフターサービスがよかったですね。そういった面では本当に助かりました。
― 語学の勉強はされていきましたか?
畑 大学で文法を学びました。その後は独学です。イタリア語は普段、歌で慣れているので、言葉は何となく聞き取れるのですが、会話となると本当に大変です。
特にイタリア人はおしゃべり好きで、しゃべるテンポも速いので、ついていかれませんでした。
― イタリアに行かれて語学が上達したという実感がありますか?
畑 たった一週間でしたが、結構覚えました。
― 会話などが中心ですか?
畑 そうですね、生徒のみなさんが休憩時間に話している時や、買い物に行った時など、最初は要望を伝えることも、聞くこともできなかったのですが、帰る時には片言は話せるようになりましたね。
― レッスンは何時から何時まででしたか?
畑 10時から20時まででした。
― その間、ほかの生徒さんのレッスンを聴講されたりしましたか?
畑 今回、日本から講習会に参加したのでは私だけでしたので、先生が「すべて聴講したほうがいい」と、前の方に席を用意されて、ほとんどつきっきりでした。
― 聴講では通訳がないと思うのですがいかがでしたか?
畑 1人、英語が話せる受講生の方がいました。先生が言われていることを英語になおしていただきました。
― 講習会ではどのくらい練習ができましたか?
畑 あまりプライベートの時間が取れなかったので、1時間くらいできればいい感じでしたね。
― どこで練習されたんですか?
畑 自分の部屋です。
― 宿泊先はどんなところでしたか?
畑 メディチ家のお屋敷(別荘)です。
― すごいですね、まるで昔の貴族のお屋敷という感じですか?
畑 そうですね。広大な美しい庭園がありました。部屋も一部屋一部屋が全部広くて貴族が使用していたお部屋をホテルの利便性を考慮して、少し改装したという感じです。シャンデリアだけでちょっと照明が暗く、古い建物なので、ゴーストバスターズが出てきそうです(編集注:ヨーロッパ人は強い光に弱く、弱い光で十分見えるため、日本などより照明は暗くなっています。)でも、一つ一つ見るととてもすばらしい!特にテーブルはすべて大理石です。ベッドはすべてダブルベッド。たまに天蓋付もあります。ソファーも上等です。絵画は必ず、飾られています。各部屋、各部屋、お姫様が泊まるようなゴージャス感がありました。別棟にはショパンが弾いたグランドピアノなどのピアノ博物館もありました。
― いいですね、女性なら1度は泊まってみたいような場所ですね。
畑 部屋には台所やキッチンも付いていました。私1人で泊まるには少し大きすぎて、初日は心細かったですね。
― 外食はされましたか?
畑 1度だけです。土日月をはさみましたので、ほとんどレストランが開いていなかったのです。また買うと量が多いいので、同じものを小出しに食べていました(笑)。
― 外食のお値段はどの程度でしたか?
畑 コースしかなかったので3,000円くらいでした。でも、とても美味しかったです。
― 講習会の会場と宿泊先はどのように行き来されましたか?
畑 講習会会場と宿泊先は同じ建物でした。私は2階の部屋だったのですが、講習会は1階でした。階段を下りればすぐ会場という感じでした。
― スリなどの被害にあわれることはなかったですか?
畑 ないですね。治安のいい場所でした。
― 講習会会場からはあまり出られなかったのですか?
畑 行く時間がなく、あまり行くところもありませんでした(笑)。スーパーマーケットに買出しに行ったりするくらいです。小さな町なので、近所のお店へ行っても15分もあればすべてを散策できるくらいです。
― 海外の方々がほとんどだったと思うのですが、周りの方とうまく付き合うコツはありますか?
畑 そうですね、自分から積極的に主張しないと、全然相手にされないと思います。それと、やはりイタリア語は話せた方がいいかな、とは思いましたね。1日いると、イタリア語しか聞こえてこないので、分からないとかなり自分が疲れてくるんですね。ですから、ある程度は、イタリア語ができた方がいいとは思います。
― 今回の講習会に参加して良かったと思える瞬間は、どんな時でしたか?
畑 日本にいらしたことのあるイタリア人の方が2,3人いらしたんです。その方々がすごくホスピタリティを重視してくださったんですね。というのも、日本に来た時にすごく日本人はおもてなしをしてくれると感じていたようでした。例えば、オペラの仕事で日本に来たそうなんですけれども、一生懸命日本語で話そうとしたら、公演が控えているのだから、公演で使う言葉、つまりイタリア語以外の言葉は使わなくていいんだよ、と言われて、何不自由なくイタリア語だけで過ごせる雰囲気にしてくださったということでした。そういう方々のお話を聞いて、自分も逆の立場の時があったらホスピタリティを重視したいなと思いました。
― 留学をされて、自分が変わったな、成長したなと思うことはありますか?
畑 多少の語学力と発声が変わりました、念願の「高い音域を発声するときのコツ」をつかんだような気がします。やはり外国人の先生はかなり広い舞台で歌われており、ご経験も豊富なので、効果を出すのがうまいのでしょうね。
― そういう先生に習ったというのは深い意味があったんですね。
畑 そうですね、たった一週間ですが、それでもかなり効果があったと思います。素晴らしい先生だと思いますね。
― 留学前にやっておいた方が良いことは語学のほかに何かありますか?
畑 選曲ですね。基本は歌曲と思い、歌曲をいくつか持参したのですが、それよりも、セッラ先生はオペラアリアを重視されます。自分で無理なく歌えるオペラアリアを何曲か用意して、一週間で完成できるような曲にした方がいいと思います。それと、鏡を見てレッスンを受けるので、ほとんどの方が暗譜でレッスンを受けていました。少し、楽譜から目を離せる程度に歌いこなしておいたほうがいいと思います。あとは、目的をはっきりさせることですね。先生に「何を習いたいのか」という自主性をすごく聞かれます。
― 前もって自分の中で計画を立てておくといいということですね。
畑 そうですね、曲を歌わなくてもいいんです。発声だけをやりたい人もいます。何がしたいかを決めておくのは、重要なポイントになってくるな、と私は思いました。
― 日本とイタリアで何が違うとお感じになりましたか?
畑 日本では10年くらいかけてやっとオペラアリアを歌えるようになりますが、イタリアではたった2.3ヶ月くらいですぐ難関のオペラアリアを歌うようです。ですから、10年以上の経験があると、相当あらゆる曲のレパートリーがあると周りから興味を持たれますね。ちょっと自負を感じることもありますね。
それから、イタリア人は母国語を大事にしているので、ほとんどイタリア語しか話さないですね(笑)。日本語を話そうとは、もちろんしないんですけれど、逆にイタリア語を話せない私に対して、「イタリア語を話せないのにどうして来たの?」とよく質問されました。そういう所は違うかな、と思いました。日本人はそんなことがあっても、わりと心を広く持って、頑張って向き合おうとすると思うのですが、イタリア人はイタリア語にプライドを持って、極力イタリア語以外は話さない、という雰囲気はありましたね。だから、こちらが積極的に話していかないと、と思います。イタリア人は待っていては来ない、というところは、日本とはギャップがあると思いました。
― 今後、留学する人にアドバイスしておきたいことはありますか?
畑 音楽用語というか、歌を歌う時に、「もうちょっと口を前に」とか、「目」「足」「息」とか、身体を使ってのアドバイスをされるので、身体の部位の言葉をイタリア語で覚えて行けば、レッスンの時にかなり役立つので良いと思います。
― ありがとうございました。
音楽留学アンドビジョン【ドイツ留学情報 vol.339. 2015-01-13 04:00:00】
尾野文香さん/ピアノ/クールシュベール夏期国際音楽アカデミー/フランス・クールシュベール
音楽留学体験者でなくては分からないような、音楽大学、音楽専門学校、音楽教室のコースプログラム、夏期講習会、現地の生活情報などを伺ってみます。将来の自分の参考として活用してください。

尾野文香さんプロフィール
3才よりヤマハ音楽教室にてピアノとエレクトーンをはじめる。1996年PTNAピアノコンペティション全国決勝大会ベスト20位、1997年全日本学生音楽コンクール名古屋大会第2位、1998年ウィーン音楽コンクールインジャパン本選第1位。その後、ウィーンの講習会に招待され、ウィーンにて入賞者コンサートに出演し、ウィーン市長賞を授与。2002年、2003年ショパン国際ピアノコンクールin Asiaにて本選入賞など数多くのコンクールにて入賞。コンサート歴も多く、ピアチェーレ・コンサートシリーズ「あおい空」、アルマ21世紀コンサートなど出演。また2007年、アルマ室内管弦楽団と共演。これまでにピアノとエレクトーンを村田恵理子、エレクトーンを市川禎、ピアノを長谷川淳、宮脇恵子、弘中孝の各氏に師事。2007年クールシュベール夏期国際音楽アカデミーにて、パスカル・ドゥヴァイヨンに師事。2008年3月東京音楽大学ピアノ演奏家コース卒業後、4月より同大学大学院在学予定。
― 略歴を教えていただけますか?
尾野 最初はヤマハのグループレッスンに通ってエレクトーンとピアノを一緒にやっていました。その後、小学校2年生頃からピアノを本格的に習いはじめました。エレクトーンは小学校5年生までやっていました。現在は東京音楽大学の4年生です(注:インタビュー2007年8月)
― コンクールなどへの参加はありますか?
尾野 小学校6年生の時に、今はもうなくなってしまったコンクールなのですが、ウィーン音楽コンクールインジャパンで1位をいただいて、副賞としてウィーンの講習会を受けさせていただきました。
― 今回クールシュベールの講習会に参加したきっかけを教えていただけますか?
尾野 幼い頃から、留学したい気持ちは漠然とあったんですけれど、現実的に進路として考えた時に決めきれずにいたんです。そこで、やっぱり日本でいろいろ考えているよりも、実際に行っちゃった方が分かる事が多い、と思いました。行く前は、ずっと迷っていたんですよ。「留学したら必ずこうなれる」というのがあるわけじゃないですから。「大変なことも多いだろうし、お金もかかるし」って。でも、やっぱり今留学しなかったら、将来後悔するだろうなって思ったんです。20年、30年と時間が経った時に、「いやぁ、あの時留学しておけばよかったな」って思うのは嫌だったんです。それで、まずは、講習会で留学を体験してみたいと思ったのがきっかけです。
― いろいろなコースがある中で、クールシュベールを選ばれたのはどうしてですか?
尾野 私の場合、留学することや留学する国を完全に決めていたわけではなかったので、語学を全然やっていませんでした。それで、通訳さんがいるコースが条件だったんです。フランスか、ドイツか、オーストリアか、ポーランドに行きたかったんです。留学に対する知識が少なくて候補が多いのですが(笑)、その中で、いろいろと他の講習会をみて、レッスンの聴講がさせていただける事と、レッスンを聴講してみたいと思う先生方が多かったので、クールシュベールを選びました。
― パスカル・ドゥヴァイヨン先生を選ばれた理由はありますか?
尾野 はい、以前からパスカル・ドゥヴァイヨン先生のことを、一方的にですが本などで存じ上げていました。ドゥヴァイヨン先生にレッスンしていただくのを本当に楽しみに思い参加しました。
― レッスンの雰囲気はいかがでしたか?
尾野 すごく楽しかったですし、すごく素敵でした。あっという間に時間が過ぎてしまいました。ドゥヴァイヨン先生はとても丁寧に的確なことを分かりやすくご指導してくださいます。自分自身が曲の準備をちゃんとしていけばいく程、いろいろな事をより深く教えていただけると思います。
― 時間は1時間くらいですか?
尾野 そうですね、日によっては時間が押していたり、次の生徒さんがもう待っているので1時間ない時もあったかもしれません。曲によって日によってという感じです。
― 何回ドゥヴァイヨン先生からレッスンを受けたのですか?
尾野 私の場合は、ドゥヴァイヨン先生に4回、村田理夏子先生が2回でした。
― なるほど、村田先生はいかがでしたか?
尾野 ピアノ奏法や打鍵についてなど色々と教えていただきました。レッスン後には、留学などの相談にものってくださいました。
― ドゥヴァイヨン先生のクラスは何人くらいでしたか?
尾野 そうですね、多分20人くらいだったと思います。
― その中で日本人はどのくらいいましたか?
尾野 半分くらいは日本人だったと思います。外国ですでにドゥヴァイヨン先生に師事されている方もいらっしゃいました。
― レッスンは通訳を通じて受けられたということですが、通訳は分かりやすかったですか?
尾野 はい。ドゥヴァイヨン先生のアシスタントであり奥様でいらっしゃる、村田先生に通訳していただけたので、すごく分かりやすかったです。
― 語学の勉強は事前にされていかれたのですか?
尾野 いいえ、現地でも「ボンジュール」と「メルシー」くらいしか使っていないです(笑)。特にパリでは英語も結構通じます。大学ではドイツ語を選択していました。
― レッスンは何時からだったのですか?
尾野 私は夕方くらいのレッスンが多かったですね。
― 先生は丸1日レッスンしているのですか?
尾野 ドゥヴァイヨン先生はお昼前くらいからレッスンをされていたと思います。私は夕方からだったのではっきり覚えていません。先生によっては朝9時からレッスン、という先生もいらしたみたいです。
― レッスン時間以外は何をして過ごされましたか?
尾野 練習時間が結構制限されていたので、空き時間は聴講をしていました。あとは、友達と周辺を散策したり、ゆっくり食事をしたり、ビリヤード、スケート、卓球もしました(笑)。
― 練習時間は少なかったのですか?
尾野 1部屋を4人で割り振って使うようになっていました。使用時間が9時から21時だったので、1人平均3時間でした。その4人が全員日本人の場合は、わりときちんと割り振ってやっていたみたいですが、私の場合、2人韓国の方がいらっしゃいました。最初は割り振りをしていなくて、いつ練習できるか分からない状態だったので、割り振りをしたい、とお願いをしました。他の部屋で練習しようにも特に最初のうちはみんな気合いが入っていて空いている部屋はありませんでした。
― 韓国の方はルーズだったのですか?
尾野 そうかもしれません(笑)。というより、日本人が細かいと言った方が良いのかもしれません。多分、こちらから提案しなければ、ちゃんと練習時間が決まることはなかったと思います。
― 練習室以外では練習する場所はありましたか?
尾野 多分、なかったと思います。楽器の方は主にホテルの部屋で練習していたみたいです。
― 講習会でコンサートが行われたそうですね。
尾野 はい、講習会で指導されている先生方の出演されるコンサート(主に室内楽)が4回ありました。先生方全員が出演されるわけではないのですが、ドゥヴァイヨン先生は出演されて、すごく素敵でした。
― 生徒さんが出演されるコンサートはいかがでした?
尾野 終わりに2日間に渡って受講生のコンサートがありました。クールシュベールの講習会はとても参加人数が多く、たぶんピアノだけでも100人くらいはいます。ほかの楽器の人も入れると、多分200人を超すと思います。その中での選抜コンサートなので、たくさんの方が少しずつ演奏して、長い時間かかるような感じでした。

― 宿泊先はどんなところでしたか?
尾野 すごく綺麗なところでした。
― 食事はどうでしたか?
尾野 朝ご飯と晩ご飯は講習会の費用に含まれていて、朝は宿泊しているホテルで、夜はメイン会場のホテルでいただきました。お昼は近くのスーパーなどで買ったり、お金を払えばメイン会場のホテルでいただくこともできました。クロワッサンやフランスパン、乳製品はやはりおいしかったです(笑)。
― 宿泊先とレッスン会場は遠かったですか?
尾野 歩いて行ける距離でしたが、講習会会場のクールシュベールは標高1850mで冬はスキーができるリゾート地のためとても坂が多いんです。道といえば坂でした。クールシュベールに行かれる方は、運動靴など歩きやすい靴を持っていかれることをお勧めします。
― 尾野さんは持っていかれなかったのですか?
尾野 そうなんですよ。サンダルに後悔しました(笑)。しかも8月なのに、夏とは思えない涼しさでした。長袖なしでは過ごせない気候でしたが、湿度も低いし過ごしやすかったです。
― 日本とは違いますね。
尾野 そうですね。日本で言うと、秋の終わりくらいかも。雨の日なんか、はっきりと「寒い!」と言えるくらいでした。
― 暖房などはちゃんと入りましたか?
尾野 冷房も暖房も特に使った記憶がないので、冷暖房の必要はない気候だったんだと思います。

― クールシュベールの街として、治安はいかがでした?
尾野 すごく安全な印象でした。周りからも何かあったというような話は聞かなかったし、私自身も危険を感じるようなことは全くありませんでした。
― 海外の友達はできましたか?
尾野 私の場合、フランス語が話せないので、直接、仲良くたくさん話すことはできなかったのですが、フランス語が話せる日本の方に通訳してもらいながら海外の友達も混ざってお話したり遊んだりすることはありました。
― 日本人以外ではどちらの方が多かったですか?
尾野 フランスの方はもちろんフランス近隣、アメリカなど様々でしたが、韓国や中国などアジアの方が多くいらしゃいました。
― 講習会に参加して良かったと思える瞬間はどんな時でしたか?
尾野 さきほどお話しした、講習会の先生方が出演されるコンサートを観た時ですね。来てよかったと思いました。
― 留学されて、何か自分が変わったところ、成長したところはありますか?
尾野 講習会の期間が短かったので、大きな変化はあまりないのですけれど、今まで海外経験があまりなかったので、行く前の準備だけでも勉強になりました(笑)。思い切って講習会に参加してみて本当に良かった、と思っています。先ずは一歩という感じだったと思います。
― 留学前に準備しておいた方が良いと思うことはなんですか?
尾野 それはもう曲の準備ですね。講習会は素晴らしい先生方にみていただける貴重な機会だと思います。お金も時間もかけて参加するし、先生により深くたくさんの事を教えていただくためにも、しっかりと準備していくべきだと思います。現地では練習時間も限られます。
― 何曲みていただいたのですか?
尾野 ドゥヴァイヨン先生のレッスンは4回でしたが、1回目でショパンのエチュードを2曲みていただいて、2回目でベートーベンのソナタ第1楽章を、3回目はその続きで、4回目でまた別の曲をみていただきました。
― 日本とクールシュベールの違いはどんなところですか?
尾野 いろいろあると思いますが、例えば現地の方の人柄なんかは日本と比べてすごく明るかったですね。フランスに留学されている方は、「こっちに来てテンションが高くなって、リアクションが大きくなった」と言っていました(笑)。そんな雰囲気が、私はすごく好きでした。講習会は短い期間だったし、環境も保証されていたので、留学のいいところばかりを見たとは思いますが、本当に楽しかったです。良い思い出です。

― 今後留学される方にアドバイスしておきたいことは?
尾野 留学したい気持ちがあっていろいろ迷ったり悩んでいる方は、まず講習会に参加するなど現地に行ってみる事をお勧めします。日本で座って考えているよりも、実際に行動した方が分かる事も感じる事も断然多いと思います。講習会では同じ迷いを持っている人も多く参加していますし、すでに留学している人からいろいろお話を聞かせていただくチャンスもあります。
― 尾野さんは今後フランスに行かれる予定ですか?
尾野 そうですね、フランス以外の国にも興味はありますが、本当に楽しかったので、前よりももっと留学したくなりました。講習会の影響です。
― 今後の進路はどうされますか?
尾野 4月からは東京音大の大学院に進学しますが、長期留学も考えています。すごくしたいと思っています。
― コンサートのご予定などはありますか?
尾野 今度5月にピアチェーレ・ムジカ主催の「ひびき」というコンサートで地元の愛知県でメンデルスゾーンのピアノトリオ第1番を演奏させていただきます。大好きなトリオの曲ですし、しっかりとがんばりたいです。
― 頑張ってくださいね。長い間、ありがとうございました。
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---尾野文香さんコンサート情報------
Musica Da Camera 2008
Concert the Piano Trio
2008年5月31日 開演17:30
知立リリオコンサートホール
問い合わせ:0562-84-0876
Program
ベートーヴェン/ピアノ三重奏曲第三番ハ短調Op.1-3
ベートーヴェン/ピアノ三重奏曲第四番変ロ長調Op.11
メンデルスゾーン/ピアノ三重奏曲第一番ニ短調Op.49
出演;
ピアノ
岡田みずほ
三輪富美子
尾野文香
バイオリン
宗川諭理夫
チェロ
内田玲
音楽留学アンドビジョン【イギリス留学情報 vol.336. 2014-12-30 04:00:00】
木下香里さん/ピアノ/ウィーン国立音楽大学アレキサンダー・ロスラー教授・アンドビジョン特別プログラム/オーストリア・ウィーン
音楽留学体験者でなくては分からないような、音楽大学、音楽専門学校、音楽教室のコースプログラム、夏期講習会、現地の生活情報などを伺ってみます。将来の自分の参考として活用してください。

木下香里さんプロフィール
5歳より電子オルガン(ヤマハエレクトーン)を始める。中学で吹奏楽部(クラリネット)に所属し、京都地区大会金賞受賞。高校でヤマハのアンサンブルフェスティバルでエリア大会、京都地区大会優秀賞を経て、関西大会に出場。ヤマハエレクトーン演奏グレード4級、ピアノ演奏グレード5級、指導グレード4級を取得。Jet会員。私立光華女子大学文学部英米文学科卒業。アンドビジョン特別プログラム「ウィーン国立音楽大学アレキサンダーロスラー教授 」のレッスンを受講。
— 木下さんはいつ頃、楽器を始められたのですか?
木下 小学校に入る少し前から電子オルガンをヤマハのエレクトーンで習い始め、大学在学中までずっと続けていました。レッスンには30歳過ぎまで通っていました。
— どのような練習をされていたのですか?
木下 子どものときは音楽教室の中でグループレッスンをしていました。エレクトーンやシンセサイザーなどのキーボードで、みんなでバンドを組むような形で練習をしていました。
— ではその頃から誰かと一緒に演奏する楽しみがあったのですね。
木下 そうですね。一緒に習っていた当時のお友達と一緒にヤマハの中の大会に出場していました。
— どのような曲を演奏されていたんですか?
木下 小さい頃は子供用のレッスンをしていました。高校生くらいからはポピュラーな曲が多かったですね。当時流行っていたティースクエアなどのフュージョンを演奏していました。自分が好きなのは、ジャズやボサノヴァでした。そういうジャンルの曲をレッスンで演奏するようになったのは、大人になってからです。
— ピアノの経験は?
木下 高校生のときに電子オルガンの指の練習のために少しだけ始めました。そのときは、すぐに辞めてしまったので、きちんと習ったわけではないんです。ただ、もともとピアノに興味も憧れもあったので、大学を卒業する1年くらい前(大学3年生後半くらい)にきちんと習いたいと思い始め、大学卒業後にレッスンを受けるようになりました。
— どんな曲で練習されていたんですか?
木下 クラシック系の音楽でした。ハノンとチェルニーの30番を先生に渡されて、練習していました。曲らしい曲は弾かないで、ソナチネくらいから始めましたね。
— それからはピアノを続けていたんですか?
いえ、この時期にヤマハの演奏グレード5級を取得して辞めました。いままでエレクトーンでポピュラー音楽を演奏していたのとはだいぶ違い、ピアノでは思うように進まなくて……。それで長い間ほったらかしにしていたんです。
— もう一度、ピアノをされようと思ったきっかけはなんですか?
木下 たまたま、前のエレクトーンの先生がピアノのレッスンもされていることがわかり、このまま中途半端で終わるのは嫌だなと思っていたので、もう一度やり直してみようと思ったんです。一度、挫折してから再開するまで、けっこう間が空いていたんですが。
— ピアノをきちんとしたいという気持ちはずっとあったんですか?
木下 そうですね。中学のときにブラスバンドをやっていたので、クラシックはたくさん聴いていて大好きだったんです。ただ、当時は同時にビートルズなども聴くようになって、エレクトーンがポピュラー音楽に適した楽器だったこともあり、そちらばかりになってしまっていったんですね。クラシックに興味がなくなったわけではないんですが、なんだかしっくりこなかったんです。なので、ピアノを再開したのは、その先生との出会いがやはりすごく大きいですね。やってみようかな、という気持ちにさせてくださるような先生だったんです。
— 背中を押してくれたんですね?
木下 ピアノのレッスンはこういうレッスンだと思っていたのとは、まったくちがうレッスンだったんです。鍵盤はいっぱい触っているのにピアノの経験はない、なのに変に知識があって、和声もわかって、楽譜も読める、でも弾けないという障害がずっとあったんです。テクニックを練習すれば弾けるのかと思いきや、テクニック、イコール曲を弾くことには結びつかなかったり……。そんなときに、先生が「テクニックにばかりこだわらなくても、1曲を練習していく中で自然とテクニックが身に付いていくことはたくさんあるから、曲をいろいろと研究するのがいいんじゃないですか」と方針を示してくださったんです。

— 今回、留学をピアノでされようと思ったきっかけは何ですか?
木下 現在先生についてから、もう一度日本の社会人を受け入れてくれる音大を受験しようかと思い先生に相談しました。先生から、同じエネルギーを使うならウイーンで短期でも講習会でも参加される方が良いかと思います・・とおっしゃってくださった事がきっかけでした。
— 留学先の先生を選んだきっかけは何ですか?
木下 ぜんぜん先生の知識がなく、選ぶ基準も分からなかったので、アンドビジョンさんに勧めてもらったことと、ホームページに載っているプロフィールとお写真を見てインスピレーションで決めました(笑)。
— インスピレーションで決められたというのもすごいですね。
木下 いまの日本の先生に「文章と写真を見て感じた感覚も大切にされたほうがいいですよ」と言われたのも大きかったですね。
— お会いしてみていかがでしたか?
木下 気遣いをしてくださるとても温かい先生でした。初めてのレッスンがウィーンについた翌日だったのですが、「初めてのウィーンはどうですか?」とか「昨日はぐっすり眠れたの?」とか、ちょっとした会話で私の緊張をほぐしてくれるような言葉をかけてくださる方でした。
— レッスンの内容はいかがでしたか?
木下 決して甘くなく、きちんと指導してくださいました。一番印象に残っているのは、精神面と健康面のお話です。ピアノを弾く心と身体のあり方というのをお話してくださいました。やはりピアノはパフォーマンスで人に聴かせるものだから、弾いている本人が緊張していたり、窮屈な気持ちで弾いていたりすると、聴いている方はもっと窮屈だし、決して気持ちのいいものではなくなってしまう。聴いてくれる人にもっと居心地よく気持ちよく聴いてもらうには、まず自分がリラックスした心と居心地のいい精神状態とでなければいけない、と言われました。それから、座ったときの姿勢も教えてくださって、体全体がリラックスした状態で弾くべきだということも教えくださいました。
— なるほど。
木下 多くの生徒さんがそうで、君だけじゃないけど、急いで上手になりたいとバーっと弾いてしまうけれども、それは本人も聴いている方も決して気持ちのいいものではないから、そうではない正しい練習の方法を意識しなければいけない。それは遠回りに感じるかもしれないけれども、一番確実に少しずつできる練習方法だよ、と言って、レッスンも本当に丁寧に指導してくださいました。基礎の練習、曲を弾く前の練習、曲を1曲ずつ仕上げていくときの練習、とひとつずつ教えてくださって、それは本当に目からウロコでした。
— 先生のプロフィールにも丁寧な指導、とありましたが、その通りだったんですね。
木下 そうですね。最後に先生は、「本当は君と『ここはどういうふうに弾く?』とディスカッションしながら弾きたかったけど、時間もないので僕が一方的に言ってしまったけどね」とおっしゃっていましたが、その言葉からも未熟な私のことも本当に尊重してくださっているのは、伝わってきました。
— レッスン中、先生が弾いてくださることはあったんですか?
木下 ここは上手く弾けない、指使いが分からない、腕の使い方がよくないといったときは、先生が見本を示してくださいました。初めて先生の音を聴いたときは、クリアできれいで涙が出てきました。先生自身がおっしゃるように、リラックスして弾いてらっしゃるんでしょうね。
— 他にはどんなことが印象に残っていますか?
と木下 初めて両手で弾くときに「何も考えないで弾いて」と言われたのが印象に残っています。それまで、あれこれ考えて練習をしても、「曲を弾くときは何も考えないで気持ちよく弾いて」と。そのときは先生の言ってらっしゃる意味がすぐには分からなかったのですが、練習を重ねるうちに、気持ちよく弾くっていうのはこういうことなのかなという瞬間が少しだけ分かりました。
— あとからきいてくるレッスンだったんですね。
木下 そうですね。先生が言われたことを思い出しながら練習するようになりました。
— レッスンは通訳なしで受講されたんですよね?
木下 はい、英語で受講しました。先生の英語は流暢でした。私は長い間、話していなかったので、言われることはわかるんですが、こちらの意思を伝えるのがなかなか難しかったです。それでも、先生は「焦らずにゆっくり話してくれればいいからね」とおっしゃってくださったので、英語で困るということはあまりありませんでした。
— 英語の勉強は日本でされていきましたか?
木下 今回の留学に合わせて勉強することはありませんでした。大学は英文科だったのですが、やはり文学が中心で話すというのはそんなに得意ではなかったんですが、卒業後、オーストラリアに何度か留学したので、そのときの経験や勉強したことが活かせたと思います。
— ドイツ語は勉強されていったんですか?
木下 そうですね、挨拶や地名や本当に簡単な単語だけ覚えていって、英語が通じないときに使ってみましたが、発音が悪かったようで通じませんでした(笑)。
— ウィーンの街の方はどうでしたか?
木下 みんな親切にしてくださって、道に迷ったときに教えてくださったり、駅で迷っていてもどの電車に乗ってどこで降りたらいいかまで教えてくださいました。
— 英語で会話されたんですか?
木下 はい。ウィーンの方は、10人中8人くらい英語が話せる思います。
— 日本人の方はいましたか?
木下 観光で来ている方には会いましたが、そこに住んでらっしゃる方には会いませんでした。飛行機の中ではたくさん日本人の方がいたのですが、ウィーンに滞在される方ばかりではなかったようです。
— 練習室はいかがでしたか?
木下 20時間取ったうち、16時間使用しました。練習時間は少し足りなかったです。私は日本ではあまり練習できないので、本当に練習が楽しくて少し物足りなかったです。でも先生からは、せっかくウィーンに来たのだから街を観光して楽しまないと、と言われたこともあって、練習は我慢して、午後からの半日観光に参加したりしました。
— 観光はどちらに行かれたんですか?
木下 ウィーンの森のほうに行きました。シューベルトの菩提樹の曲ができたゆかりの土地やアルプス山脈の端の丘になっているところにあるお城に行きました。あとはカフェに行って、おいしいコーヒーを飲みました。コーヒーはとてもおいしくて、泊まったホテルの朝食に付いてくるポットに入ったコーヒーさえ、本当においしくて朝から3杯くらい飲んでいました(笑)。
— 宿泊先のホテルはどんなところだったんですか?
木下 私は知らなかったのですが、ボティーフ教会というところの近くにあって、現地の方や先生にお聞きしたのですが、とても歴史のあるホテルだったようです。観光のときのガイドさんも、調度品が全部本物なんですよ、と言っていました。階段が螺旋階段だったり、全体的にクラシックなところでした。
— サービスはどうでしたか?
木下 フロントの方はみなさんとても礼儀正しかったです。日本のホテルマンのようなサービスとは少し違うんですが、せかせかした感じはないのに、テキパキと対応してくださり、とても上品だなと感じました。
— お食事を外で取られることはありましたか?
木下 はい。近くにシュタインがあって、そこはウィーン大学の学生さんも多く気軽に食事ができるお店だったので何度か行きました。
— お値段はいくらくらいですか?
木下 スープとパスタで5.3〜6ユーロくらいでした。それにコーヒーをつけると8ユーロ、ドルチェもつけると10ユーロくらいですかね。食べ方にもよると思いますが、けっこうボリュームがありましたね。一人だとたくさん食べられないので、何人かで取り分けて食べるのと違って、けっこう胃が重たくなる感じでした。
— 何かオススメの食べ物はありますか?
木下 飲み物はやっぱりコーヒーですね。あとは、ザッハ・ホテルの元のカフェ・ザッハのチョコレートケーキは本当においしかったです。純度の高いチョコレートでした。それから、先生のおすすめで食べたアップル・パイもとてもおいしかったです。
— ホテルとレッスン会場の行き来はどうされていたんですか?
木下 地下鉄で移動していました。とても丁寧に時刻表までいただいたんですが、本数が多いので、時刻表を見る間もなく(笑)、電車が次々とホームに入ってきました。
— 地下鉄の駅はきれいでしたか?
木下 それは路線によると思います。私が利用していたのは、大学に行く路線だったのですが、その線は比較的、駅も中もきれいでした。ただ、旧市街に行く路線は車内に落書きがあったり、オペラ座の駅は長い地下道に様々な人種の人がいて、地下道なのに煙草を吸っている人もいたりして、私の受けた印象は、あまりいいものではありませんでした。留学前に、スリに気をつけて、とは言われていたのですが、多分、スリの被害に遭うのはこのへんかな、という感じがしました。ただ、こちらが警戒していれば、被害に遭うことも少ないと思います。
— 海外の方とうまく付き合うコツはありますか?
木下 笑顔で受け答えすることが一番大切だと思います。それから、恥ずかしがったり目をさらしたりせずにはっきりと挨拶をしたり、心をこめて伝えることが大事だと思いました。意思を伝えるときは、遠慮をしないでひるまずにはっきりと伝えることも重要だと思います。
— 留学して良かったと思える瞬間はどんな瞬間でしたか?
木下 音楽レッスンではロスラー先生から最初と最後に貴重なお言葉をいただいたことです。音楽以外では、人との出会いです。道に迷ったときにタバコ屋のおじさんが親切に教えてくれたり、現地の方がカフェで話しかけてくれたり、親切してくださったり。あとは向こうで出会った日本人の人とは、今でもご飯に行くことがあります。そういうたくさんの出会いがありました。
— 1週間でいろんな方に出会えたんですね。
木下 そうですね。他にも車イスで旅行をしている人を見かけてエネルギーをもらったり、就職したのに仕事を辞めて、建築や美術を見に来ている人を見てバイタリティがあるなと感じました。
— 留学して変わったことはありますか?
木下 すごく人に感謝するようになりました。向こうで出会った方や助けてくれた方はもちろんですが、行く前にサポートしてくださった方や、日本の先生がいらっしゃるからこそ、充実した留学ができたんだなと思うようになりました。音楽をする上では、意識改革ができたことが大きかったです。日本にいるときは考えたこともなく、テクニック重視になっていたのですが、「内面的な部分を大切にしてレッスンを続けてください」とロスラー先生に言われたことで、ピアノに向かう姿勢が変わりました。
— 留学前にしっかりとやっておいたほうがいいことはありますか?
木下 先生とのコミュニケーションをしっかり取りたかったら、やはり英語を学んでいくことだと思います。言葉がわかれば、ダイレクトに先生とお話できると思います。向こうでしたこいとをきちんと考えておいたり、行く前に不安だなと思われることを調べておくなどして解消するようにしていけばよいと思います。
— 今後、どのような音楽活動をされていきたいですか?
木下 また機会があれば、講習会に参加したいと思います。講習会に参加して、いろんな方と演奏したいと思います。これからも自分のペースで続けていきたいと思います。
— 今日は本当にありがとうございました。
音楽留学アンドビジョン【フランス特集 vol.335. 2014-12-23 04:00:00】
高林将太さん/ジャズドラム/バークリー音楽大学ゲイリー・チェイフィー元教授・アンドビジョン特別プログラム/アメリカ・ボストン
音楽留学体験者でなくては分からないような、音楽大学、音楽専門学校、音楽教室のコースプログラム、夏期講習会、現地の生活情報などを伺ってみます。将来の自分の参考として活用してください。

高林将太さんプロフィール
高校時代に、軽音楽部でドラムを始める。大阪音楽大学短期大学部ポピュラーコースでドラム・パーカッションを学ぶ。卒業後同大学専攻科器楽専攻ジャズに進学。卒業後は関西を中心にアーティストのサポートドラマーやドラム講師として音楽活動中。ボストンでゲイリー・チェイフィー先生のドラムレッスンを受講。 ローランド京都センターVドラム講師(京都)、田代音楽教室ドラム講師(奈良)。
— はじめに略歴を教えてください。ドラムはいつ始められたんですか?
高林 高校のときに軽音楽部だったんですが、そこでドラムがいなくて、じゃあ、僕が(笑)とドラムを始めました。高校卒業後、大阪音楽大学短期大学部に入学し、真剣に取り組むようになりました。
— 現在は何をされているんですか?
高林 大学卒業後、ドラム講師をしながら音楽活動をしています。
— 今回、留学されたきっかけを教えてください。
高林 高校のときに音楽の指導をして頂いた先生に相談をしたら、その先生も留学をした経験があって「一度見てきたらいいよ」とアドバイスをしてくださったんです。それから、両親も賛成してくれました。
— みなさんの後押しがあって留学をされたんですね。
高林 そうですね。
— 今回の留学でゲイリー・チェイフィー先生のレッスンを受講されましたが、先生はどのように選びましたか?
高林 ゲイリー先生は日本でも有名なドラマーで、先生の教則本は日本でも発売されている有名な本です。その本を書いている方っていうのが決め手でした。それから友人がボストンに住んでいることもあって決めました。
— ドラムを始めたときからその教則本を使っていたんですか?
高林 いえ。キャバレーの仕事に行ったときに先輩のドラマーの方にお勧めされたんです。

— 先生のレッスンの雰囲気はいかがでしたか?
高林 とても真剣にレッスンしてくださいました。
— 先生の叩くドラムは何か特別なものがありましたか?
高林 ええ、それはもう!
— レッスンではどのようなことを習ったのですか?
高林 先生の教則本を具体的に詳しく指導していただきました。
— レッスン中は教則本に沿って技術を教えてもらったのですか?
高林 はい、そうですね。
— 本に沿ってということですが、何か曲を使ってということはなかったんですか?
高林 「これはこういう曲で使うと良い」と曲を紹介してくれました。
— レッスンの場所はどういうところでしたか?
高林 先生のご自宅でした。
— やはりアメリカのプロミュージシャンのお宅といった雰囲気でしたか?
高林 そうですね。レッスンをしたのはお家の地下室でした。部屋には先生と世界中の一流ドラマーの人達との写真が貼ってあって感動しました。
— レッスンのときは通訳の方をお願いしたんですよね?
高林 はい、お願いしました。通訳の方も現地でミュージシャンをしている方だったのが良かったです。通訳の方と現地のライブハウスに出演するミュージシャンの情報など音楽の話をすることもできました。
— 先生とはレッスン以外で何か話されましたか?
高林 はい。日本以外からもレッスンを受けに来る方がいる事や先生が参加しているCDでお勧めのCDなど教えて頂きました。帰るときに先生にサイン入りのスティックをもらいました。嬉しかったです。
— 宝物ですね。
高林 はい。もったいなくて使えません(笑)。
— レッスンを受けて何か変わったことはありますか?
高林 はい。レッスンを受ける前から先生のプレイは知っていたのですが、すごく難しいと思っていたことが、「あぁ、あれはこうやっていたんだ」と理解することができました。難しそうに見えていたことが、実は教わったことを少し応用していただけ、ということをレッスンを通じて学べました。
— 細かいやり方を教えてくださったんですか?
高林 そうですね。
— 留学中はどちらで練習されていたんですか?
高林 ボストン市内です。
— 都市部ですか?

高林 いえ。「静かな場所だったので、こんなところにスタジオがあるんだ!」というようなところでした。スタジオに置いてある楽器がいい楽器で、休憩するところもとてもキレイで日本のスタジオよりもいい環境でした。それから、オーナーの方が日本語を話せる方だったのも良かったです。帰りにはスタジオのTシャツをいただきました。
— いろいろもらったんですね。
高林 はい(笑)。
— 向こうでレッスン以外の時間は何をされていたんですか?
高林 友人が通っている音楽大学を見学したり、ライブを見に行っていました。買い物も行きました。CDをたくさん買いました。先生のCDも買いました。
— あちらでしか手に入れられないような貴重なものもあったんですか?
高林 ええ、そうですね。
— 見学されたお友達の学校はどちらなんですか?
高林 バークリー音楽大学です。
— 見学されてみていかがでしたか?
高林 ドラムは生徒用の大きなロッカーがあって、ドラムの学生はそこから自分の楽器を持ち出して練習しているのを見て、さすが! と驚きました。
— 他には何か見学されましたか?
高林 学生のライブを観に行きました。
— 向こうで他にライブを観に行きましたか?
高林 はい。ボストンに住んでいる友人のライブを観に行きました。楽しかったです。僕と同世代の人たちでした。
— 留学中、何か思い出に残ることはありましたか?
高林 ストリートミュージシャンです。バケツをいっぱい並べてドラムスティックで超高速で叩いていました。他には通りすがりにドーナツをもらいました。レッスンに行く途中にバスを待っていたら話しかけられたんです(笑)。僕は英語を話せないので“ I can't speak English. ”って言ったらドーナツをくれたんです。
— ええーっ! なんだか聞いていると危険な印象を受けるんですが、こわい感じはなかったんですか?
高林 いえ、全然(笑)。留学する前にアメリカはこわいとか危ないという話を聞いていたんですが、留学中、危険だと感じたことは一度もなかったです。
— スリなどの被害に遭うこともありませんでしたか?
高林 大丈夫でした。危ないと感じることもなかったですね。いい人ばかりでした。一度迷子になってしまったんですが、年配の女性の方が目的地まで一緒に連れて行ってくれました。それ以外でも、困っているといろんな人が声をかけてくれて助けてくれました。

— 宿泊先からレッスンの場所まではどのように行かれたんですか?
高林 地下鉄とバスで通いました。
— 交通機関で日本との違いは感じましたか?
高林 乗車賃の仕組みと切符の買い方が違いました。僕が使っていた地下鉄はどこにいっても2ドルで、毎回切符を買うのではなくてカードにチャージして使っていく形でした。
— カードはどこで購入できるんですか?
高林 地下鉄の改札で購入できます。最初に買うときに少し戸惑いましたが、英語が話せなくても大丈夫だったので、困ることはないと思います。
— バス停もわかりやすいですか?
高林 はい。大きく“T”書いた看板がありました。
— 向こうで何か出会いはありましたか?
高林 友人に紹介してもらったナイジェリアの方にパーカッションを教えてもらいました。帰国した後もメールで連絡し合える友達になりました。ドラムショップの店員さんとも仲良くなって、連絡先を交換しました。
— きさくな方が多いですね
高林 そうですね。
— 海外の方とうまく付き合うコツはありますか?
高林 はっきりと意思を示すことだと思います。わからないならわからない、こうしたいならこうしたい、イヤならイヤとはっきり言うことが大事だと思いました。
— 海外の方と接していて何か困ったことはありますか?
高林 英語が使えた方がよかったですね。
— 英語の勉強はされて行かれたんですか?
高林 いえ、英単語が載っている本に目を通した程度です。その本は向こうにも持って行きましたが、とても役に立ちました。
— 他に何か持って行って役に立ったものはありますか?
高林 スリッパです(笑)。飛行機が長いのでスリッパだと楽でした。
— 留学してよかったことはありますか?
高林 レッスンを受けている間、受けた直後、その後の練習で自分の成長を感じました。今後どう練習していけばいいのか見えてきました。ゲイリー先生にはヨーロッパからも習いに来る人も多いんです。
— 機会があればまたレッスンを受講したいと思いますか?
高林 ええ、そうですね。
— 留学まえにやっておいたほうがよかったことはありますか?
高林 具体的な話になってしまいますが、先生の『パターンズ』という教本のうち『タイムファンクショニングパターンズ』という紫の表紙の教本をしっかりやっておけばいいです。
— 留学を考えている人に何かアドバイスをお願いします。
高林 迷っている人は、とりあえず行ってみたほうがいいと思います。
— 行くことで何か動き出すことがありますか?
高林 はい。世界で名前が通っている先生にレッスンを受けたことが自信になります。僕は生で先生の演奏を見ているし、レッスンもしてもらったという経験がとても大きなものになりました。それは一生心に残る良い経験だったと思います。
— 最後に今後の活動の方針を教えてください。
高林 今は関西中心なんですが、全国どこででも活動できるようになっていきたいです。ドラムはもちろん、色々なコースがあり、生徒募集もしていますので良かったらインターネットなどで検索してみて下さい。
— 今日はありがとうございました。
高林 ありがとうございました。